『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』という本をこの1月に上梓した室井一辰(むろい・いっしん)と申します。自己紹介しますと、東京大学獣医学課程を卒業後に専門誌などで取材を重ねてきました。医療経済ジャーナリストとして医療をテーマに、「週刊ポスト」「女性セブン」「週刊東洋経済」「週刊現代」などで取材・執筆をしています。
ここ20年近く取材するなかで注目してきたのは、医療の科学的な根拠、効果と費用の問題などです。取材や個人的なつながりのなかで、どのように医療を受ければよいのかという悩みを、多くの人から聞いてきました。「ある病気になったが、どうすべきか」「どこの病院に行くとよいか」「セカンドオピニオンはどうとればよいか」など、途絶えることはありません。医療従事者が遠い存在である場合が多く、違った立場の人の意見も聞きたいという思いがあるのだと思います。私は医師ではありませんが、獣医学を学んでいたり、医療関連の取材をしていることが周囲ではよく知られており、私なりに科学的な根拠を検索したり、データを調べたりして、参考になりそうな情報を提供しています。
こうして国内外の医療情報を探索するなかで関心を引かれたのが、米国の「チュージング・ワイズリー」という活動です。医療の領域にはさまざまな動きがありますが、なかでも私がここ5年間以上にわたって取材をしているものです。この1月に出した本書は、その活動を踏まえた“ムダな医療の入門書”です。
今回は、世界の無駄な医療をめぐる状況などについて触れてみたいと思います。
2012年から米国で進む、不必要な医療を指摘する活動
無駄な医療とは、メリットよりもデメリットが上回る医療行為だと考えています。それを考えるときに注目されるのが、「誘発需要」という考え方です。医療において、この誘発需要によって無駄な医療が生まれる側面がよくあるのです。誘発需要とは、需要を無理に生み出すことです。医療であれば、医療従事者が自らの利益のために意図的に余計な医療を行うようなケースを指します。
不必要な医療行為を必要だと説明して行うようなことが本当にあるのか、と思われるかもしれませんが、実際にあるのです。誘発需要の例としては、「入院」が有名です。日本では1982年まで高齢者医療が無料だったという歴史があります。そのおかげで不要な入院を大量に発生させて、社会的入院という社会問題となりました。医療従事者が自らの利益のために入院を増やした結果であり、今でも問題はあとを引いています。医療従事者からある医療行為について「必要だ」と言われたときは、「誘発需要ではないか」という考えを頭に置くとよいでしょう。