ホンダN-BOXが日産ノートの1.6倍売れている理由…安価な車ばかり売れる“光と影”
日本自動車販売協会連合会(自販連)が発表している「乗用車ブランド通称名別順位」によれば、2019年2月の販売台数総合1位は、またもや日産自動車の「ノート」だった。
だが、19年2月度の“真の”総合1位は、日産ノートではない。それは、本田技研工業(ホンダ)の「N-BOX」という軽自動車だ。
自販連が毎月発表している販売台数データは、登録車(軽自動車の規格を超えた自動車)だけを対象としており、軽自動車は含まれていない。軽自動車については、全国軽自動車協会連合会(全軽自協)が、別口で独自に集計および発表しているのだ。
それによれば、19年2月にもっとも数多く販売された軽自動車はホンダN-BOXで、その数は2万391台。同年同月の日産ノートの販売台数が1万2910台なので、ダブルスコアまではいかないものの、日産ノートの1.6倍ぐらい売れているのだ。
そのことがもたらす“光と影”について、今回は記したい。
ホンダN-BOXが売れるワケ
クルマに詳しい人、あるいは軽自動車全般との接点が多い人には今さら説明不要だろうが、ホンダN-BOXは「軽トールワゴン」というジャンルに該当するクルマだ。基本的には、四角い箱型で、なおかつ非常に屋根が高いタイプの軽自動車のことである。
読者各位には、現行型ホンダN-BOXを運転した経験を持つ方はそう多くないのではないかと推測するが、そういった方がN-BOXの写真を見ると、こう感じるかもしれない。
「こんなに背の高い軽自動車なんて、カーブとかでグラグラしちゃって大変なんじゃないか」
その気持ちもわからないではないが、事実はまったく異なる。
17年9月に登場した現行型(2代目)のホンダN-BOXは、これだけ背が高い軽自動車であるにもかかわらず、まったくグラグラしない。いや「まったくしない」というと大げさだが、少なくとも「あんまりしない」とは断言できる。
初代のヒットを受け、さらなる進化を遂げるべく、2代目N-BOXにはホンダ渾身の新型プラットフォームが適用された。
これがまた、本当に秀逸な車台なのだ。極めて背高ノッポで、その割に横幅は狭いこのクルマを、まるで宇宙の物理法則を無視するかのごとき安定感をもって走らせてくれるのが、この新しいプラットフォームだ。
そして搭載されるエンジンも、ノンターボのほうであってもまあまあトルクフルで、ターボのほうに至っては「かなりトルクフル!」と感じられる逸品。
さらに後席は190mmもの前後スライドが可能で、座面が跳ね上がる「チップアップ機構」や、背もたれを倒せばフラットな荷室に早変わりする「ダイブダウン機構」も用意。
ついでに言うなら、インテリアの質感とセンスも、さすがに軽自動車だけあって「高級感たっぷり」ということはないが、どことなくIKEAやニトリのインテリアような感じ、つまり「今どきのシンプルモダンな感じ」にはなっている。そして、いわゆる先進安全装備の類も抜かりはない。
つまり、ホンダN-BOXは「いい車」なのだ。軽自動車ではあるのだが、その枠組を超えた使い勝手や走りの良さが明らかに感じられるからこそ、このクルマは売れているのである。
ホンダN-BOXが大ヒットした背景
「2つの成熟」が、ホンダN-BOXというクルマと、その大ヒットを生んだと筆者は考えている。
成熟のひとつは「自動車製造に関わる技術」だ。
あえて「たかだか」という言葉を使うが、売れ筋グレードはたかだか160万~180万円ぐらいである小さなクルマに、これだけ優秀な機能を搭載できるようになったというのは、ホンダの、ひいては我らが日本国の、戦後における大いなる達成だ。筆者はその開発と製造には1ミリたりとも関与していないが、同胞としてそこは単純に誇らしく思う。
もうひとつの成熟は「消費者のメンタリティ」である。
ホンダN-BOXのことを激賞している筆者ではあるが、広く世間を見渡せば、当然ながら「もっといい車」はたくさんある。
あえて極端で無意味な比較をするなら、169万5600円の「ホンダ N-BOX G・Lターボ Honda SENSING」より、707万4000円の高級セダン「ホンダ レジェンド」のほうが、その乗り味の良さは(少なめに見積もっても)10倍は上である。
10年前、いや20年か30年前の日本人ユーザーは「レジェンド的なもの」を欲した。カネがある者はそのまま普通に買い、ない者は月々数万円ずつの割賦契約を結び、レジェンド的なものを購入した。
そして2019年。今でもレジェンド的なものは売れている。いや、今のレジェンド自体は不人気車なので、ぜんぜん売れていないが、「ポルシェ911」や「ランボルギーニ アヴェンタドール」などの超高額車は、非常によく売れているのだ。
だがそれは富裕層限定の購買行動だ。
昨今は、非富裕層である者がわざわざ富裕層に憧れて「大借金をしてでも」という勢いで、それらを買い求めるケースは少ない。
「そんなことをしてまで見栄を張りたいとは思わないし、そもそも安くていいモノが今はたくさんある」というのが、筆者を含む昨今の一般大衆メンタリティであるはずだ。つまり、我々消費者は「成熟」したのだ。
このことついても、筆者は基本的には誇らしく思っている。
お金をたくさん持っている人々が何を買おうとご自由だが。むしろ、どんどん高いモノを買って経済を回してくださいと思っている。そうではない者が、持てる者の表層だけを模倣するなど愚の骨頂であり、いかにも後進国的である。
そういった後進性がほぼ確認できなくなったことについては、いち国民として喜ばしく思っているのだ。
しかし、この「多くの者が安くていいモノしか買わないということ」が、この先も続くだろうと想像すると、気分はやや重くなる。
「身の丈消費」ばかりがメインストリームとなると、我が国の経済は、いや世界の経済は今後どうなってしまうのだろうか……と思うからである。
それが証拠に――というわけではないが、ホンダは「増収減益」が続いている。ワールドワイドの販売台数は増加しているものの、「営業利益率」は減少の一途をたどっているのだ。その理由は「利益率が低い安価な車(N-BOXや、登録小型車であるトヨタ自動車の「フィット」など)しか売れないから営業利益率が低い」という、単純すぎる図式だけではない。
しかし「安い車ばかりが売れて、高い車がぜんぜん売れない」ということが、営業利益減少の理由の「一端」であることは間違いないのだ。
ホンダは、そして日本は、今後どうなってしまうのだろうか。快適そうにぶろろろ~んと都内を走り回るホンダN-BOXを眺めながら、筆者は今日も軽く途方に暮れている。
(文=伊達軍曹/自動車ジャーナリスト)