トランプ米大統領がエチオピア航空機の事故を受けて「(最近の)航空機は複雑すぎる、もっとシンプルでよい」「常に不必要な対策や改善を進めている」と会見で言った。この発言は彼ひとりで考えたものか、あるいは航空当局者の意見を参考にして出されたものかは不明であるが、大統領自身がボーイング737MAXの一連の事故原因を知って発言したことは間違いない。
そして航空機製造大国の大統領の発言には重みがあり、その裏には実は航空機を製造している当事者たちのなかにも、現在のハイテク機の設計があまりに複雑化して、人間(パイロット)が制御できなくなることも起こり得ると思っている者もいるのではないだろうか。
失速防止機能は、これまではどうだったのか
昨年秋に起きたインドネシアのライオン航空機墜落事故と、今年2月のエチオピア航空機の墜落事故原因は、離陸直後に失速を計測するAOAセンサーのトラブルによって、手動操縦中にもかかわらず自動的に尾翼の水平安定板(スタビライザー)が急激な機首下げ方向に動き、それがもとで急降下したことだとみられている。
これは私がライオン航空機の事故直後から述べてきた内容と同じであるが、最近の米国での動きを見ると、まず間違いないだろう。それはボーイングがAOAセンサーの改良とそのトラブルを知らせる警報装置の設置を進めると表明していることをみても明らかである。つまり失速からの回復を自動化したことが裏目に出たといってもいいだろう。
では、これまで航空機が失速に入るとパイロットはどうやって回復を行っていたのか、順を追って説明してみたい。
従来の航空機では失速に入りそうになると、操縦桿についているスティックシェーカーという装置が作動して操縦桿に「カタカタ」という振動を伝える。これは一種の失速警報装置である。パイロットはそれを確実に認知できるので、この装置が作動すれば機首を下げエンジンの出力を上げることによって速度を回復し失速に入ることを回避できるというわけである。
この仕組みは小型機からジャンボジェットまで共通してどのメーカーでも採用されてきた伝統的な方法であり、スティックシェーカーは失速速度の約107%で作動する。そして仮にパイロットが速やかな対応を失念しても、次にいよいよ失速状態に入り翼の周りの空気が乱れ(剥離とよぶ)翼全体が「ガタガタ」と激しい振動を起こす。
この時点でもパイロットが先に述べた正しい回復操作を実行すれば間に合うことが多く、実際に免許を取得するための訓練でもそれを実行し、それでも速度計のトラブル等によってパイロットが適切な回復操作を行わずに失速に入り墜落する事故が続いてきたため、各メーカーはさまざまな工夫を加えることになる。
まずエアバスは失速状態に入ることを未然に防ぐアルファフロアというシステムを導入し、失速に入らないように事前にエンジンの出力が全開に入るようにした。これは失速防止のための自動化システムである。
一方、ボーイングでは777のようなハイテク機になって新たに導入したのが、仮にパイロットが誤って操縦桿を引き上げ続けてもエレベーター(昇降舵)の操舵力が重くなるようにして、あるピッチからはそれ以上機首上げができないようにした方法である。
これはコンピューターを使ったシステムであるが、それでもなお力いっぱいエレベーターを引き上げることは可能で、その意味では自動化システムとはいえないものである。2009年に導入されたブラジル製のエンブラエル機にも同じシステムが採用されている。
筆者は導入当初から3年間乗務し、訓練中にそれを体験したが、並の腕力であるためあるピッチ以上引き上げることができず、失速防止に十分な効果があることを理解できた。失速対策はここまでの対応で十分である。
ちなみにエンブラエル機は日本ではブラジル製ととらえられがちだが、その実態は「ドイツ製」と考えたほうがいい。戦後ドイツからブラジルに渡ったハインケル社の技術者たちが実質的に設計にかかわったもので、その意味で日本製のMRJにとってライバル以上の存在といってよいだろう。
失速回復操作に自動化を導入したボーイング
ボーイングはこれまで述べたような失速防止のための装置から一歩進めて、失速に入ったらパイロットの操作を待たずして自動的に機首を下げるという新たな自動化システムをボーイング737MAXから導入したのである。
それはエアバスがすでに導入していた自動化に対抗するかたちになったが、その違いは、エアバスのアルファフロアが失速に入らないように事前に迎角が15度に達するとエンジンが推力を増加させるという仕組みであるのに対し、今般ボーイングが導入したシステムは、機が失速に入ったらそれを自動的に回復させようとするもので考え方が異なっている。
ボーイング機の事故が続いているが、エアバス機でも深刻な失速(コンプリートストール)に入ると代替制御則の下では操舵がきかないと思われる事故が続いている。09年に大西洋で海に墜落したエールフランスのエアバスA330の事故や15年末のエアアジア機のA320の事故で、最後になぜパイロットが失速から回復操作ができなかったのかを知っているパイロットは、私の知る限りではほとんどいない。それでも平気で今日も多くの同型機が運航されているのだ。
メーカーによる無定見な自動化と航空会社の責任
ライオン航空のCEOは737MAXに不信感を持ったため、発注済みの190機のキャンセルを検討中と発表し、同じ国のガルーダ・インドネシア航空も発注残の同型機49機すべてのキャンセルを決めた。当然のことであろう。
では、今年1月に同型機の導入を決めた全日空(ANA)はどうするのか。私は、今回の失速防止自動化システムそのものをやめない限り導入はしないほうがよいと忠告したい。なぜならボーイングが今後いくらAOAセンサーや警告システムの改良などに手をつけても、失速からの回復で水平安定板が自動的にしかも連続的に動くシステムは存続させると思われるからだ。
そこを改修しようとすると大きな設計変更になり、莫大な費用と時間がかかり、耐空性の審査のやり直しも必要となってくるだろう。となるとセンサーのトラブルの確率こそ少なくなっても、またいつどこでこれまでのような事故が起こるとも限らない。パイロットに訓練を追加したところで、離陸直後など間一髪の判断とアクションが必要なところでは必ずうまくいくという保証もない。
それにしても、なぜ航空会社は新しい航空機のことをよく調べもしないで購入するのか。航空機メーカーは、ユーザーである航空会社やパイロットの意見や要望を聞いてから設計するのではなく、いわば一方的に製造し、パイロットはそれに慣れるしかないという現実がある。一方、たとえば日本の鉄道車両の場合は、まず鉄道会社がスペックを決め、それを車両製作会社に発注する。しかし、航空の場合はそうではない。
航空会社は新しい機種の選定にあたって考慮するものは、座席数、航続距離、それに燃費くらいのもので、操縦システムの細部まで理解して決定しているとはとてもいいがたい。大手の航空会社には安全部署や技術スタッフがいるのに、何をしているのかと言いたい。
パイロットが新機材の操縦システムに大きな変更があったにもかかわらず、それを知らないで操縦してもいいのか、多くの航空会社では、737MAXに関する事前学習において、今回問題となっている新システムについてシミュレーターでの訓練を行っていなかったという。航空機の自動化は本来パイロットの負担を軽減するもので、パイロットとバトルするものではない。
ボーイングは3月27日になって航空会社のパイロットや技術者、それに航空当局らに説明会を開き、737MAXについての今後の改修点を説明したという。そのなかでは「システムによる自動制御よりもパイロットの操縦を優先するようにソフトを修正する」という内容も含まれているといわれているが、今さら何をかいわんやである。
世界の航空関係者は、トランプ大統領が発した「正論」を契機に、自動化の正しい進め方について議論を始めるべきである。ライオン航空機とエチオピア航空機の事故は、パイロット自身も一体何が起きたのかわからないまま海面や地面に激突したという今までに経験したことのないもので、計346名の乗客乗員の無念さを考えるとその責任は重い。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)