なぜクラシックオーケストラは、「ドレミ」を使わない?ビールも音楽もドイツからの輸入モノ
音楽の世界もドイツが席巻
ドイツから日本に伝わったのは、法律、医学、陸軍システム、ビールだけではありません。実は、音楽の専門教育もドイツからの輸入ものです。たとえば、小学校の音楽の授業では、音名を「ドレミファソラシ」と習いますが、オーケストラでリハーサルをする際には、指揮者や演奏者同士で「ドレミ」を使うことはありません。「ここのC(ツェー)の音を短めに」「そこはD(デー)でなく、E(エー)の間違えでは?」と知らない方々には、なんのことかわからない単語が飛び交うのです。この「ツェー、デー、エー」というのは、ドイツ語の音名で、それぞれ「ド、レ、ミ」のことです。
このドイツ語の音名はプロの音楽家だけが使うのではなく、日本全国のアマチュア・オーケストラでも普通に使用しています。実は「ドレミ」は、イタリアやフランスで使われる音名です。そんな経緯もあり、かつてフランスの植民地だったベトナムでは、プロの演奏家も「ドレミ」を使います。
ところが、日本の小中学校の義務教育における音楽教育は、イギリスをルーツに持つアメリカのシステムを取り入れているのです。4月20日付本連載『「君が代」、“国歌”は誤訳?特殊なメロディーの秘密』でも書きましたが、アメリカ人音楽教育者のルーサー・ホワイティング・メーソンが明治政府に招聘されて、音楽教員の育成や、教育プログラムをつくったためです。メーソンは日本の子供たちに西洋音楽を親しんでもらおうと、スコットランドやアイルランドの民謡を教科書に取り入れました。
しかし、音楽専門教育の場でアメリカやイギリスの音楽を教材に使うことはほとんどないでしょう。日本で専門的にピアノを習う場合、教材は「バイエル」「チェルニー」「ソナチネ」「ソナタ集」と進んでいくのが一般的です。このバイエルやチェルニーは、ドイツやオーストリアのピアノ教師の名前がそのままタイトルになっています。ソナチネ、ソナタ集の中身もドイツ系作曲家の曲ばかりです。スコットランドやアイルランド音楽を弾くことはなく、フランス音楽やポーランドの代表的な作曲家であるショパンを弾くようになるまでに、ドイツ音楽をしっかりと叩きこまれます。
これから暑くなるシーズン、時にはクラシック音楽をBGMに、ドイツをルーツに持つビールや、今流行りのイギリスのエールビールをお楽しみ頂くのはいかがでしょうか。おススメはドイツの作曲家・メンデルスゾーンの交響曲第3番『スコットランド』です。ドイツとイギリスが音楽でひとつになっています。
(文=篠崎靖男/指揮者)