おそらく、海外における多くの国も同様の状況だろうが、フィリピンにおける“日本ブーム”にはすさまじいものがある。
たとえば、自動車ではトップシェアはトヨタ自動車、2位は三菱自動車工業、飲食に関しても居酒屋、ラーメン店、たこ焼き店などがマニラの街に溢れている。こうした飲食店は、地元のフィリピン人によって運営されている場合もあれば、吉野家、CoCo壱番屋、一風堂、ペッパーランチ、天丼てんやなど、日本のチェーンストアもよく見かける。その他、日本のチェーンストアに注目すると、ユニクロはすでにフィリピンでも多くの庶民に大人気のブランドとなっており、さらに無印良品も出店し始めている。
こうした状況は少子高齢化により縮小しつつある日本市場とは裏腹に、急激に市場が拡大しているフィリピンのような新興国に多くの日本企業が注力している実態をよく表しているといえるだろう。
フィリピンは、サリサリストアに代表される個人による小型の小売店が街中に溢れている一方で、超大型のショッピングセンターも数多く点在している。ちなみに、ショッピングセンターの延べ床面積の広さに関する数年前のデータでは、世界トップ10のうち3つをフィリピンが占めていた。
日本とは異なり、こうしたショッピングセンターは平日の昼間でも多くの人で賑わっている。もっとも、フィリピンでは暑い日はショッピングセンターが賑わうといわれており、つまり買い物を目的とせず、単なる避暑のために来ている人も多いようである。それは自宅にクーラーがない、もしくは電気代を節約したいといった理由による。
このようなショッピングセンターの中には、日本でもなかなか見かけない超高級な店舗もある。そのうちのひとつ、パワープラントモールに入っている無印良品が先日、リニューアルオープンし、筆者はプレセールに参加させていただいた。
無印良品の海外展開戦略
日本で無印良品は若者を中心に多くの人の生活に浸透しており、いまや日本人で知らない人は少数派になっていることだろう。しかしながら、無印商品を知らないという人に対して、どのような店であるかをうまく説明できる人は少ないのではないだろうか。たとえば、ユニクロなら「低価格で品質の良い衣類を販売している店」といった説明でいいが、無印良品の場合、そもそも主たる商品群は何か、価格は安いのか高いのかなどを一言では説明しにくい。
無印良品を展開する良品計画が公表しているデータによると、まず商品群に関して、衣服・雑貨、生活雑貨、食品の大きく3つに分類している。売り上げに注目すると、家具や文房具を含む生活雑貨は1600億円、衣服・雑貨1120億円、食品240億円となっている。
価格をどのように表現するのかは難しい問題であるが、ニトリやユニクロよりは高価格であるものの、百貨店などに入っているブランドよりは、はるかに安い。結果、無印良品はデザイン性の高い家具や衣服を中程度の価格で販売している店という説明で要点を押さえることができるだろう。
無印良品の海外展開に関して見てみると、2017年には海外店舗数が国内を上回り、19年2月末時点で海外497店、国内420店となっている。とりわけ、中国256店をはじめ、東アジア全体で358店となっている。東南アジアに注目すると、タイ17店、シンガポール11店、マレーシア7店、インドネシア7店、フィリピン5店だ。
日本では飽和状態に近いかもしれないが、こうした数字は、欧米や東南アジアを中心に海外には広大な未開の市場があることを教えてくれる。
現在5店舗という数字からもわかる通り、無印良品がフィリピンにおいて広く社会に浸透しているとは言いがたい状況である。しかしながら、たとえば、筆者が在籍する大学において、学生たちが無印良品の筆箱やノートを持ち、衣服を着ているのをよく見かける。フィリピンをはじめ、東南アジア諸国ではカラフル、ビビットなものが好まれるといったイメージを持っている人もいるかもしれないが、無印良品の色合い、デザインは非常に高く評価されている。さらに驚いたことには、シンプルな美しさに代表されるコンセプトをよく理解し、強く共感している。ただ、本学の学生は富裕層の子弟が中心であり、筆者が出席した今回のプレセールにおいても富裕層に属する割合が多いように思われた。
しかし、現段階において、無印良品は一般大衆には広く普及していない。その主たる要因として、価格の問題を挙げることができるだろう。商品により異なるものの、価格はおおよそ日本の1.5倍程度となっている。結果、庶民の月給が2万円程度のフィリピンにおいて、無印良品は高級品となってしまう。講義において、無印良品に関して学生たちと議論することがあり、「フィリピンで売り上げを拡大させたければ、価格を下げなければならない」といった意見が多くの学生からあがった。みなさんはどのように考えられるだろうか。
1~2割程度の値下げなら、輸送の効率化などの企業努力により実現可能かもしれない。しかしながら、その程度の値下げでは「焼け石に水」であり、依然として庶民にとっては高すぎる。半額くらいまで下げられるなら、購買可能な層は拡大するであろうが、そこまでの値下げを実現するためには、商品の質を低下さなければならなくなるだろう。そうなると、無印良品の強みは消え、地元の企業や中国、韓国から進出している企業との飽くなき価格競争に突入してしまうのではないだろうか。
フィリピンをはじめとする新興国市場において無印良品が目指すべきは、低価格化による急激な売り上げ拡大ではなく、まずは富裕層から高いロイヤリティを獲得することに専念し、強いブランドイメージを確立させることだ。その後、経済成長に伴う所得の向上により、低価格ではないものの、商品力やブランド力により、多くの庶民が購入するようになるといった長期的な視点が極めて重要になるだろう。
(文=大﨑孝徳/デ・ラ・サール大学Professorial lecturer)