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千葉哲幸「フードサービス最前線」

駅遠でも客殺到…「ブルワリーパブ」ブームの元祖ライナに聞く、経営成功の秘密

文=千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト
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「VECTOR BEER 錦糸町店」の店内。店舗の周辺は閑散としているが、店内は20代30代の男女でにぎわっている

 今「ブルワリーパブ」が続々とオープンしている。ブルワリーパブとは、ブルワリー(ビール醸造施設)を持ったパブ(酒場)のことだ。このように小さな醸造所がつくる多様で個性的なビールのことをクラフトビールという。

 この「ブルワリーパブ現象」は、事業再構築補助金の制度が大きく後押ししている。当人もクラフトビール愛好者である飲食事業者が、自分でオリジナルのビールをつくりたいと思っていても、この設備投資にお金がかかることでこれまで二の足を踏んでいた。それが新制度を活用することで実現できるということだ。

 クラフトビールは嗜好品であるから、その愛好者がその店にやってくる。そこでクラフトビールの店は一等立地に構える必要がない。ブルワリーパブ現象とは「大きな設備投資が補助金で可能」「一等立地にある必要がない」という構図となっている。

外販を増やして生産体制を強化

 今日のブルワリーパブ現象の元祖はライナ株式会社(本社/東京都台東区、代表/小川雅弘)である。同社代表の小川氏は1981年5月生まれ。大阪で飲食業を展開していたが、東京でビジネスを行おうと東京に移住し飲食店の展開を始めた。これが2007年のこと。

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2016年12月にオープンしたクラフトビールレストランの「VECTOR BEER 錦糸町店」。JR錦糸町駅南口より徒歩5分ほどにある

 クラフトビールの存在を知り、この類の飲食店に通うようになり、好きが高じて自身でもクラフトビールレストラン(クラフトビールを仕入れて、それを提供するレストランのこと)を立ち上げた。これが13年に東京・新宿御苑駅近くにオープンした「VECTOR BEER」。さらにこの店の近くに店舗を構えてIPA(ビールのスタイル=種類の一つ)専門のクラフトビールレストランにして、「自分たちでビールをつくってみよう」とその一角にブルワリーを開設した。

 このブルワリーは1年足らずで生産量が足らなくなった。そこで17年12月、現在の拠点となる浅草橋にブルワリーと本社機能を設けた。生産量は年間10万ℓとなったが、当時同社のクラフトビールレストランは8店舗あって、これらで使い切っていた。現在同社の飲食店は16店舗あり、うちクラフトビールを提供する店は6店舗となっている。

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2019年3月にオープンした「VECTOR BEER 錦糸町PARCO店」。「VECTOR BEER 錦糸町店」が地元の人々に愛されていることから出店のオファーがあった

 現在同社で生産しているクラフトビールは、同社の店舗だけではなく他の事業者にも卸している。このうち飲食店は約30店舗、そのほか酒販店やコンビニチェーン、また量販店のリカーショップなど約30店舗の小売店に卸している。

 同社で生産するクラフトビールの自社消費と他社へ卸している量の比率は、コロナ流行前は7対3、コロナになってからは3対7となっている。この背景には、コロナ禍によって自社の飲食店の稼働日数が減ったことと、「これから新規に工場をつくって、生産体制を強化するために外販を強くしていこうと考えたから」(小川氏)とのことだ。

地元で親しまれる「街のビール屋さん」

 ライナクラフトビールレストランでのビールの価格は、ハーフパイント(270㏄程度)450円(税別、以下同)、1パイント(500㏄/アメリカンパイント)750円となっている。一般的なクラフトビールレストランでは1パイントが大抵1000円を超えていて、同社の価格は安価である。それは同社が自社でブルワリーを持ち、大量に生産しているからにほかならない。小川氏はこう語る。

「ブルワリーは装置産業なので固定費をどう落とすかということがポイントです。ある程度設備投資をすると原価は下がる。一人で1日100ℓの仕込みをするのか、500ℓなのか、1000ℓなのか、いずれにしろこの仕事には一日かかる。1回の仕込み量を増やすことによって生産量が上がって固定費は下がる。当社では、このような仕組みをつくったので、クラフトビールの価格を安価で設定できる」

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クラフトビールは樽が空くと別のクラフトビールに切り替えられる。これがクラフトビール愛好者にとって楽しいことだ

 開業事例が相次いでいるブルワリーパブは、当初は1店舗からスタートすることになるが、この場合どのように生産性を維持していていけばよいのだろうか。

「料理人が接客係を担当するという発想で解決できる。つまり、ビールの醸造家が調理や接客も兼務するということ。また、仕込みのタンクを100ℓを3基、5基とするのではなく300ℓを2基のほうがいい。こうすると一月の仕込み回数が減ることになり、同時に生産性が高くなる」

 前述した通り、クラフトビールのファンはとても根強いものがある。そこで、二等立地といわれるようなところで、大きな醸造タンクを入れて仕込み回数を減らし、醸造家が料理も接客もこなし、根強いファンがリピーターになり、お客が回転する、といったようなパターンをつくると確実に生産性が高くなっていく。

 今回、筆者はライナの店に限らずさまざまなブルワリーパブやクラフトビールレストランを訪ねたが、駅から徒歩10分以上離れた住宅街にあっても店内には十分にお客がいた。みなクラフトビールの空間の中でわくわくしている。マイボトルを持参してクラフトビールをテイクアウトするお客もいる。「街のビール屋さん」という光景である。

クラフトビールへの愛着と「遊び心」

 ブルワリーパブの開業希望者が増えてきたことに伴って、ライナではこれに関連するコンサルティングの仕事が増えるようになった。それはまず、クラフトビール醸造家の育成。ここではオリジナルのスタイルをつくるための指導も行う。

 さらに、醸造設備のメーカーと連携するようになった。そこで、ブルワリーパブを開業したい事業者に、醸造施設を開設するノウハウの提供、プラントの設計と納品、醸造家の育成研修、レシピ指導など、フルセットで提供するパッケージを整えることを進めている。これまでそれぞれの金額に不明瞭だった部分が多かったことから、これらをすべてクリアにしていきたいという。「このようなことができるのは、唯一当社だけだと思う」と小川氏は語るが、クラフトビールを商う先駆者が、リーダーとなって業界をけん引している。

 小川氏に「オリジナルビールをつくって販売するときの重要なポイントは何か」と尋ねた。

「味はもちろん大事ですが、ネーミングが重要です。当社では新しいスタイルが出来上がるたびに製造チームが飲みながら話し合って名前を考えています。例えば、当社に『ねこぱんち』というクラフトビールがありますが、これは“強烈ではないが、しっかりとしたパンチがある”というスタイルから名づけられました。こうして『ねこぱんちシリーズ』ができていきました」

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ライナのヒットブランド「ねこぱんち」シリーズ。名称からラベルまで全て手づくりで遊び心がある

「瓶詰する場合はラベルも重要です。当社では自社でつくっています。クラフトビールを買い求めるお客様はジャケ買いをするパターンが多いので、ネーミングとラベルが重要になります」

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ライナ代表の小川雅弘氏。今日のブルワリーパブの先駆者の事業は、これらに関連したコンサルティングへと広がっている

 なんとも遊び心が満載ではないか。「クラフト」とは「手づくり民芸品」という意味だが、今日ではその一つ一つをいつくしむライフスタイルが醸成されてきている。ブルワリーパブ現象は「街のビール屋さん」を定着させていくのではないかと筆者は思っている。

(文=千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト)

千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト

千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト

フードサービス業界の経営専門誌である『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)とライバル誌両方の編集長を歴任。2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく、最新の動向もリポートする。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)。

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