2022年、東京の新築マンション市場の帰趨を占うカギは、東京五輪の選手村跡地マンション・晴海フラッグである。このマンションが順調に売れれば、2022年の新築マンション市場は好調と言える。しかし、どうも怪しい雲行きになりそうだ。
晴海フラッグの分譲総戸数は4145戸。入居開始は2年後の2024年3月以降とされる。
2019年夏・冬の販売不調→購入ルール変更?
販売が始まったのは五輪開催前の2019年8月から。実質的に第2期の販売は同年12月。コロナや五輪延期によって販売スケジュールが変更され、実質3期は昨年(2021)の11月だった。
この3回で合計1560戸余りが販売された。残りは2500戸以上。次回(実質4期)の販売は今年(2022)の3月下旬とされている。
昨年11月の実質3期目の販売戸数は631戸。この631戸に対して、売主11社を代表する幹事社である三井不動産のリリース資料によると「全戸にお申込みをいただきました」とある。実際に申し込みをした方に取材したところによると、抽選会場は一種の異様な熱気に包まれたという。
売り出された住戸は軒並み数十倍の倍率が付き、中には200倍に迫る住戸もあったようだ。抽選会場には新築マンション購入と転売を半ば業とするような人々が参集。
「家族の名義と法人名義を使って50戸に申し込んで合計150本の札が入っている」
そんなことを豪語する声も聞かれたとか。
実は、コロナ前に行われた2019年の8月(第1期)と12月(実質2期)の販売は、傍から見る限り「失敗」に近い状況だった。ここで詳しくは振れないが、お知りになりたい方は私のnote記事「晴海フラッグの類推できる販売側ウラ事情と’24年3月引渡時のリアルな風景 https://note.com/sakakiats/n/nef27521323a2」をお読みいただきたい。
売主企業にとって、この「2019年夏と冬の敗戦」の記憶は、トラウマになっているのではないか。
だから、2021年11月(実質3期)の登録・抽選では、少しでも申し込み件数を膨らませるために、以下のようなちょっとずるいルールが採用された。
・一人(あるいは一社)で複数住戸に登録できる
・前回以前(1期と実質2期)の登録で落選した人(あるいは法人)は抽選で3倍優遇
※これは抽選で他の人より3倍当たりやすくするということ。
つまりその人が申込を入れると、それが「3件」とカウントされる。
これで一気に見かけ上の登録件数が増えた。前述のように、実は一人の人物によって抽選の札が100本以上入っている、という状況が現出したのである。
抽選後に行われた当選者たちの「整理」にはかなり混乱が生じたのではないか。抽選日から「全戸にお申込みをいただきました」という広報資料をリリースするまでに約10日を要したのも、この「整理」に時間がかかったからではないかと想像する。
実質3期までの販売状況はさておき、問題はこの「晴海フラッグ」という大規模なマンションが、ここまでの人気に値するほどの資産価値があるのか、という問題である。
実質3期までの販売では「五輪選手村跡地」という華やかなイメージが先行した。さらに言えば「東京都中央区」というアドレスも、一種のブランドでありステイタスだと捉えられていたのだろう。
マンションのコロナ特需は一巡しウクライナ危機で世界経済に影
しかし、東京五輪は閉幕した。日本は予想通りのメダルラッシュだったが、すでに記憶は薄れかけている。原則無観客での開催が、いまいち盛り上がりに欠ける原因となった現実は否めない。
そして、去年の11月から現在までの約3か月の間で、日本のマンション市場をめぐる環境も多少変化している。主なものを上げてみると、下記のような項目になる。
・住宅ローン控除が1%から0.7%に縮小
・日本の中古マンション市場に翳り
・中国の不動産バブルが崩壊し始めた
・戦争の始まりで先行きに不透明感
・アメリカが明解に金融引き締めに入った
・日米ともに株式市場が不安定化
・原油高、円安によるインフレへの動き
2020年と翌21年のマンション市場は、新築が都心でまずまずの好調。中古は都心と郊外でともに好調で、ハッキリと値上がり現象が認められた。
これはコロナ禍によるテレワークの普及で、住宅に対して「広さと部屋数」を求める動きが影響したものと想定される。しかし、そういった「コロナ特需」はほぼ一巡。22年1月の首都圏中古マンション市場は、前年同月比で成約数が約2割減少している。株式市場の動きも冴えない。中国不動産バブルの崩壊やウクライナ危機で、世界経済に不安の影が忍び寄っている。
アメリカの金利上昇は円安を誘う。円安はインフレにつながり、金利の先高観が生じる。長らく異次元金融緩和をかたくなに守ってきた日本銀行の黒田総裁も23年4月に退任。次期総裁は、世界の潮流に合わせて金融を引き締め、金利を引き上げることも十分に想定される。金利が上がれば住宅ローンの利率も上昇。マンション市場にはマイナスの影響をもたらす。
晴海フラッグの引き渡しは、その1年後に予定されている。
購入契約者の中に目立つ「転売ヤー」の存在
今まで都合3回の販売を見ていると、購入契約者には「転売ヤー」と呼ばれる人々がかなりの割合を占めそうだ。彼らは引き渡し後に、その住戸を「新築未入居」として中古市場に売り出す。
引渡しが行われる2024年4月には、中古市場に晴海フラッグの「新築未入居」物件が何百戸も売り出されている可能性がある。
マンションの基本的な資産価値は立地で決まる。基本的には「どの駅から、徒歩何分か」ということ。晴海フラッグはマイナー感のある都営大江戸線の「勝どき」駅から「徒歩16分」から「21分」である。この分数は「1分=80m」で算出する。測る距離はマンションの敷地の端っこから駅の出入口。
例えば、タワマン棟なら住戸を出てからエレベーターを利用し、エントランスを抜けて分数計測の起点である敷地の端っこに到達するまでに5分程度はかかりそうである。そこから20分近く歩いて、駅の出入口に到達。階段を下りて改札を抜けてホームに立つまで3分程度。毎日、片道30分程度かけて地下鉄に乗る生活が待っている。
こういうマンションの資産価値は高く評価できない。
今はまだ「東京五輪」のレジェンドとして華やかさを帯びている。しかし、10年後に中古物件として売却する時に、購入を検討してくれる方はそんなことでは惑わされない。自分や家族の通勤・通学、日常の暮らしにどれだけ便利かを冷静に考えるはずだ。
晴海フラッグのマンションとしての資産価値を、「選手村跡地」という過去から考えるべきではない。そこに住む人にとっては、ほとんど関係のないことである。
このマンションは駅から遠い、大規模複合開発の中に生まれた物件である。街の中の様々な施設を利用するには、それなりに長い距離を移動しなければならない。さらに築10年を過ぎると、常に数十戸が中古として売り出されている大規模物件。売り急ぐなら、価格を下げる必要性も出てくるだろう。
晴海フラッグとは、そういうマンションなのだ。
(文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト)
※本稿は一般社団法人同盟通信新社『T-PRESS』4月号と同時掲載するため2月に執筆されたものです。