前回、3年ぶりに訪れた「バンコク国際モーターショー」の様子をお伝えしながら、気になったトピックについて述べた。最も存在感を放っていたのは中国系ブランドで、中国メーカーはBEV(バッテリー電気自動車)だけでなく、HEV(ハイブリッド車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)も積極的にラインナップしているように見える。
車両電動化を進めるタイ政府としては、まず関税を下げるなど海外ブランドの電動車を積極輸入し、富裕層の間での普及を図ろうとしている。そのため、いわゆる大衆車クラスでの主役は、まだまだ内燃機関車となっている。
たとえばトヨタ自動車を見ると、「カローラ アルティス(日本のカローラセダン)」や「カローラ クロス」ではHEV仕様車をメインにラインナップしているものの、カローラ系より小さいクラスではHEV仕様はラインナップされていない。ホンダでは、コンパクトセダン&ハッチバックの「シティ」にe:HEV仕様が設定されているのだが、同車の内燃機関仕様が1Lターボを搭載しているのに対し、1.5Lベースのユニットというのは少々大きいようにも見えた。
また、2020年にタイで発売して以降、日本並みかそれ以上にカローラ クロスが大ヒットしている。同クラスは、ホンダ「HR-V(ヴェゼル)」、中国系ブランドのMG「ZS」やGWM(長城汽車)「ジョリオン」などもいる販売激戦クラス。中国系は販売台数では日本勢に及ばないものの、ZSの評価は高く、中古車では同クラスの日系モデルより割安ということで、人気も高まっているとも聞いている。
タイでも、MGが進出を始めた当初は、消費者の多くは中国車を相手にしていなかった。しかし、その後、筆者が毎年のようにバンコクを訪れると、MG車が街で増えるようになってきた。それでも「安売りセールしているからさ」と冷ややかだったのだが、今やカローラ クロスのクラスでBEVを探すとMG「ZS EV」しか選択肢がないこともあり、ZSだけでなくZS EVもけっこうな数がバンコク市内を走っている。
BEVとなるGWMの「グッドキャット」も、同クラスのコンパクトハッチバックではせいぜいBMWミニのBEVぐらいしかないのだが、500万円近い価格差があるので、こちらもオンリーワンとなってしまっており、それも人気につながっているようである。
BEVでは特に出遅れている日系ブランドが短時間で多様なラインナップを展開するのは、世界的にも極めて難しい。また、タイでは日本の感覚よりも複数保有が珍しくないとのことなので、「日本車にBEVがないけど、メインじゃないからいいか」と中国系のBEVを購入して複数保有しているうちに、「別に中国系でも問題ないじゃん」ということにもなりかねない不安を覚えた。
現代自動車の「スターリア」が販売好調
苦手の電動車以外に不安要素がないのかといえば、そうではない。前回、韓国系はミニバンでタイ市場では勝負を仕掛けていると述べたが、現代自動車が2021年にタイでリリースした「スターリア」というミニバンが非常に良く売れているのである。
同車は、トヨタの「アルファード」というよりは、かつての「エスティマ」をさらに未来的にしたミニバンで、とにかく勢いのある売れ方をしており、一部では“アルファードキラー”とか“ポストアルファード”などとも呼ばれている。キャラが異なるのでアルファードとスターリアを両方所有する富裕層もいるので、すべてがアルファードから置き換わっているわけでもないようだが、エスティマもかつては海外市場各地で高い人気のあったミニバンだけに、「トヨタが復活させないなら」とばかりに現代が勝負を仕掛けたのかもしれない。
いろいろ述べさせてもらったが、今回バンコクモーターショーおよびバンコク市内で見聞きしたことをまとめると、現状でも9割近い販売シェアを持っている日系ブランドが今すぐどうかしてしまうということはまずない。もちろん、長い歴史の中で築き上げた販売ネットワークなど、多くの現地協力企業の日々の努力があるからだ。
ただ、事情通に言わせれば「確かに今でも圧倒的に強い日本車ですが、昔ほどの強さはありません」という。そして、今回述べてきたように、日系ブランドには“隙”がどんどん増えてきており、海外のあらゆるブランドがその隙を突いてきているのも確かな事実。
中長期的な視野で見ても、タイにおいて日本車が今のような強みを見せていけるのだろうか。8年ほど前、タイに駐在している業界関係者に「タイは日本車の楽園ですね」と聞いたら、「タイはすでに楽園ではないですよ」と答えてくれたのを、ここのところ、ひしひしと感じるようになってきた。
(文=小林敦志/フリー編集記者)