7月に米投資ファンドのコールバーグ・アンド・カンパニーに約4億3800万ドル(約429億円)で身売りすると発表したが、ポールソンの提案額がこれを上回ったため売却先を変更した。SMIはコールバーグに約670万ドル(約6億5660万円)の違約金を支払う。
ポールソン氏は「卓越した品質を保つため全力を尽くす」との声明を発表。SMI株1株40ドルで株式公開買い付け(TOB)を行い、同社株を非公開にする方針で、9月末までに手続きを終える。コールバーグの支払い額は、1株当たり35ドルだった。
SMIは、1853年にドイツ移民の家具職人、ヘンリー・スタインウェイがニューヨーク市で立ち上げた老舗ピアノ製造会社。独のベヒシュタイン、日本のヤマハ傘下のオーストリアのベーゼンドルファーと並ぶ世界の三大ブランドといわれている。SMIのピアノは「神々の楽器」といわれ、ビリー・ジョエルやハリー・コニック・ジュニアなど愛用するミュージシャンは多い。日本で売られているグランドピアノの中心価格帯は1000万円。
しかし、経営的には順風満帆とはいかず、1972年にCBSに買収された後は、転売が繰り返されてきた。95年にセルマー・インダストリーズの傘下に入り、楽器製造企業複合体、SMIの一翼を形成した。SMI傘下にはピアノ以外にトランペットやサックス、スネアドラムなど楽器のブランドが名を連ねる。
楽器業界は小売店の減少などが響き、売り上げを伸ばすのが難しい状況だ。コールバーグは不採算事業を切り捨てて、新たな買い手を探すことになる。世界で最も有名なピアノメーカーは、投資家の間で転がされる運命にある。
●低迷が続くヤマハと河合楽器
日本のピアノメーカーの2強、ヤマハと河合楽器製作所の経営状況を見てみよう。
国内メーカーのピアノは、ほとんどが静岡県浜松市近辺で製造されている。静岡県楽器製造協会がまとめた国内ピアノ販売台数(電子ピアノを除く)が、2011年に前年比11%増の1万8164台と17年ぶりに前年を上回ったことで話題になった。東日本大震災の被災地で多くのピアノが壊れ、その買い替え需要が生じたことからプラスに転じた。
ピアノ販売は長期低落傾向が続いている。同協会が現在の基準で統計を取り始めた1992年、国内ピアノ販売台数は11万3500台。95年以降は減り続け、2010年には1万6356台にまで落ち込んだ。92年の7分の1の水準だ。
少子化の影響や、高品質・低価格化が進んでいる電子ピアノを購入する人が増えたことが販売減少の主な理由だ。ピアノの市場規模は縮小の一途をたどり、販売台数が1万台を割るのは時間の問題とみられている。
ヤマハ、河合楽器とも事業の多角化を進めてきたが、うまく転換できたとは言い難い。ヤマハの13年3月期の売上高は前期比2.9%増の3669億円、純利益は前期の293億円の赤字から41億円の黒字と2年ぶりに黒字転換した。梅村充・前社長(4月に退任、現・特別顧問)が社長に就任した直前の07年3月期の売上高(5504億円)に比べて、売り上げは3分の2に減少し、ジリ貧状態が続いている。
●守りから攻めへ
4月1日に就任した中田卓也・新社長(55)は、「守りから攻めに転じる」と宣言。中国・新興国でヤマハ製品を取り扱う楽器販売店を3700店(32%)増の1万5200店、販売スタッフを300人(25%)増の1500人に増員する計画を打ち出した。
4月から始まった新しい中期経営計画では、中国・新興国の販売を強化することによって、16年3月期の連結売上高は13年3月期比17%増の4300億円、連結営業利益は同3.2倍の300億円という強気の目標を掲げるが、実現のためのハードルは高い。
一方の河合楽器は、創業以来の同族経営。河合弘隆社長(66)は創業家の3代目。社長在任24年間の長期政権が続く。13年3月期の連結決算では、主力の楽器をはじめ、全事業が前年実績を下回った。連結売上高は前期比5.7%減の547億円と、2年連続しての減収。純利益も同41.4%減の9億円と、同じく2年連続の減益だ。
主力の電子ピアノ販売は伸びたが、ピアノの販売減が響き、同2.4%減の257億円、営業損益は前期の7億円の黒字から3億円の赤字に転落した。楽器の営業赤字は11年ぶりのことだ。河合楽器もジリ貧に歯止めがかからない。
高級ピアノメーカーSMIの投資ファンドへの身売りは、ヤマハ、河合楽器にとって対岸の火事ではない。
(文=編集部)