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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

自動車用半導体の不足が解消されない原因…車メーカーの態度に問題があるからだ

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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「gettyimages」より

 世界的な半導体不足は、予想より早く解消されつつある。ところが自動車用の半導体だけがいまだに逼迫している。そのため、自動車メーカーはいまだに半導体不足で減産を強いられている。本稿では、その自動車減産の状況を明らかにするとともに、どの半導体が不足しているのか、そしてそれはなぜなのかを考察する。

半導体不足が解消へ

 2021年の初旬から世界的に半導体不足が深刻化した。米インテルのパット・ゲルシンガーCEOは、2022年4月29日に放送されたCNBCのビジネスニュース番組『TechCheck』に出演し、「半導体不足が解消する時期の予測は、当初の予想である2023年から、2024年までずれ込むと見ています」と述べている(2022年5月2日付「Gigazine」記事)。

 ところが、2022年中旬に世界の半導体市況が急速に変化してきた。半導体の逼迫が解消され始め、DRAMやNANDなどの半導体メモリは供給過剰になり、価格が暴落し始めたのだ。そして、半導体メモリだけでなくスマートフォンやPCの出荷が低迷してきたため、それらに使われるプロセッサやロジック半導体の逼迫も解消されてきた。

 そこで、世界半導体市場統計(World Semiconductor Trade Statistics、WSTS)のデータを使って世界の半導体出荷額と出荷個数を調べてみると、コロナ騒動が起きた2020年初旬から急増していた出荷額も出荷個数も2021年後半に、すでにピークアウトしていることが分かった(図1)。

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コロナ特需の終焉

 ここで、世界の半導体出荷額の3カ月平均の対前年成長率(以下、成長率)を算出し、グラフを書いてみた(図2)。半導体の成長率は3~5年周期で上がったり下がったりしている。これを、「シリコンサイクル」と呼んでいる。

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 例えば、2000年8月にはプラス52%と大きな成長を遂げた。このピークをITバブルと呼ぶ。そのITバブルは翌年崩壊し、2001年9月にはマイナス45%に落ち込んでいる。また、2008年9月に起きたリーマンショックによって、半導体市場は翌2009年2月にマイナス31%まで下落したが、約1年後の2010年3月にはプラス60%と成長し、急回復している。

 さらに、2016年からはじまったメモリバブルによって、半導体市場は3年間の成長が続いた。特に2017年6~8月にはプラス24%の高成長を記録した。しかし2018年秋にピークアウトした後、メモリ不況となり、2019年6月にマイナス16%の下落となった。

 そして2020年初旬にコロナ騒動が起き、その後、半導体市場は3年間の成長が続いた。筆者はこの成長を「コロナ特需」と呼ぶことにした。この間、2021年6~12月に複数回プラス30%の成長を記録した。しかし、2022年1月以降、成長率が下落し始めた。2021年12月にプラス30%だった成長率は2022年6月にプラス13%まで下がった。

 このままの下落傾向が続くと、早ければ2022年の年末には成長率がマイナスに転落することになる。つまり、半導体不足は解消し、市場に半導体が溢れ、価格暴落を引き起こし、半導体不況が到来することになる。

コロナと半導体不足によるクルマの減産

 このように世界全体では半導体不足は解消され、逆に供給過剰に向かいつつある。ところが、自動車用の半導体不足だけが解消しない。そのため、自動車メーカーの減産が続いているという。そこで、国内でのクルマの生産状況を調べてみた(図3)。

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 まず、2020年5月頃に大きな落ち込みがあることが分かる。これは、2020年初旬から世界的にコロナの感染が拡大したため、自動車需要が“蒸発”したことに起因している。要するに、「コロナが怖くて自動車を買うどころではない」という状態になったのだろう。その自動車の減産は次第に解消していったが、2021年に入ると再び減産していき、それが2022年6月まで続いているように見える。そしてこの減産が半導体不足によるものである。

定量的な自動車の減産台数

 自動車の生産には、例えば3月に必ずピークがあるというように季節的な変動がある。そこで、季節的な変動要因を除いた自動車の減産を次のように算出した(図4)。

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 まず、2016年から2019年までの毎月の自動車の平均生産台数(以下、平均台数)を計算する。図4の上図の青い折れ線グラフがその平均台数を示す。次に、同じ図に2020年1月から2022年6月までの自動車の生産台数をピンクの折れ線グラフで書いてみた。この2本の折れ線グラフの差が実質的な減産台数ということになる。

 そこで、その差を図4の下の図に書いてみた。すると、2020年2月から自動車の減産が始まり、その減産が最も大きくなったのは同年5月の40.9万台であることがわかった。その後、減産は徐々に解消していき、同年9月にはプラス1.9万台に回復した。つまり、コロナによる自動車需要の“蒸発“は完全に解消したことになる。

 ところが、同年10月以降、再び自動車は減産となり、2021年に入ってもその減産は解消されず、上下動を繰り返しながら減産は大きくなり、同年9月に40.3万台と、コロナで需要が“蒸発”したときと同じ水準まで落ち込んだ。その後、2021年末に向かって減産幅は小さくなっていったが、2022年に入ると三度、減産台数は大きくなり、毎月14~30万台の減産台数で推移している。

 この2020年10月から2022年6月の長期にわたる自動車の減産が半導体不足によるものである。では、一体どのような半導体が不足しているのだろうか?

半導体不足の元凶はマイコンとパワー半導体

 2022年8月7日の日本経済新聞に『半導体逼迫 ピーク越す』という記事が掲載された。その記事には、各種の半導体の逼迫がまだら模様のように進んでいること、しかし自動車用半導体の逼迫は続いていること、特にMicro Controller Unit(MCU、通称マイコン)とパワー半導体のリードタイム(納期)が長期化していること等が記載されていた。

 この記事を基に、マイコンとパワー半導体のリードタイムをグラフにしてみた(図5)。マイコンのリードタイムは通常6~10週(平均8周)であるが、2021年10月に16~52週(平均28週)、2022年2月に24~99週(平均44周)、2022年6月に24~66週(平均45週)に長期化している。

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 一方、パワー半導体のリードタイムは通常6~10週(平均8周)であるが、2021年10月に10~48週(平均29週)、2022年2月に10~60週(平均37周)、2022年6月に26~61週(平均42週)に長期化している。2022年6月時点でマイコンは平均45週、パワー半導体は平均42週も待たないと納品されない。1年が52週であることを考えると、マイコンとパワー半導体は、「ほとんど手に入らない」と言ってもいい。したがって、いまだに自動車が減産を強いられている原因は、マイコンとパワー半導体のリードタイムの長期化にあると言えるだろう。

 しかし、なぜマイコンとパワー半導体のリードタイムがこれほど長期化するのだろうか? 

TSMCのC.C.Wei CEOの発言

 2022年8月3日のロイター通信記事『アングル:半導体不足、自動車メーカーとの力関係に地殻変動』(https://jp.reuters.com/article/chip-car-idJPKBN2PA07V)の中に気になる記載がある。その記載を以下に紹介しよう。

『<突然、親友に>

半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の魏哲家・最高経営責任者(CEO)は、最近のイベントで、半導体不足が深刻化するまで自動車業界の幹部から電話をもらったことは一度もないと打ち明けた。

 だが、状況は一変して「この2年間は電話が掛かってきて、まるで親友みたいだ」と話し、聴衆の笑いを誘った。ある自動車メーカーからはウエハーを至急25枚供給するよう頼まれたが、普段さばいている注文は2万5000枚規模だという』

 上記のTSMCの魏哲家(C.C.Wei)CEOの発言で、筆者が気になったのは次の2点である。

1)TSMCのCEOに自動車メーカーの誰が電話をかけてきているのか
2)自動車メーカーから至急25枚供給するように頼まれたウエハーは、その後どうなっただろうか

 筆者は次のように予測する。

誰が電話をかけ、その結果はどうなったか

 世界最大にして最強のファウンドリーであるTSMCのCEOに電話を直接かけるとしたら、それは誰だろうか? 常識的にいえば、代表取締役社長でなければ釣り合いが取れない。しかし、実際はそうではなく、自動車メーカーの調達部門の課長か部長あたりが電話しているのではないか。

 自動車産業界には完成車メーカーを頂点とした、あからさまなヒエラルキーがある。完成車メーカーからすると、TSMCは3次下請けにすぎない。したがって、たかが3次下請けごときに完成車メーカーの社長様がわざわざ電話するはずがなく、調達部門の課長か、せいぜい部長あたりが「早くマイコンをよこせ」と威張って電話してきているのではないか。

 そして、その要求も、通常最低でも2万5000枚規模であるところが、たったの25枚である。百歩譲って自動車メーカーの社長様が直々に「マイコンを25枚、ただちに供給してくれ」と電話したとしても、TSMCのCEOは「たった25枚」であることに呆れかえったことだろう。その結果、その25枚は優先的に生産されるはずもなく、仕込みの順番待ちの最後列に並ぶことになったのではないか。いや、生産することになったのならまだましで、ウヤムヤにされて注文自体が消滅したという可能性もあり得る。

自動車減産の原因は自動車メーカーの態度にある

 図6にTSMCの製品別半導体の売上高比率を示す。2022年第2四半期にTSMCのビジネスのなかで最も大きな比率を占めているのは、High Performance Computing(HPC)の43%である。次いでスマートフォンが38%、IoTが8%で、自動車用半導体はわずか5%しかない。

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 しかも、自動車用半導体は種類が非常に多く、1種類ごとの生産規模が小さい(通常2万5000枚規模であるところを25枚で頼むように)。さらに、信頼性基準が他の半導体より桁違いに厳しい。要するに、TSMCにとって自動車用半導体は、あまり割に合わないビジネスであるといえよう。となると、TSMCにマイコンやパワー半導体の生産を委託しても、なかなかつくってくれないということは大いに考えられることだ。

 マイコンとパワー半導体を生産しているのはTSMCだけではないので、以上の理由がリードタイムの長期化のすべての原因ではないかもしれない。しかし、自動車メーカーが2次下請けや3次下請けの半導体メーカーに、非常識な(傲慢な)態度で生産をさせている可能性は極めて高いように思う。そしてそれが、マイコンとパワー半導体のリードタイムの長期化につながっているかもしれない。

 前掲のロイター通信記事でも『半導体メーカーの多くは、自動車メーカーが半導体のサプライチェーン(供給網)の仕組みを理解せず、コストやリスクを共有しようとしなかったことが、今回の危機の大きな原因だと見ている』という記載がある。半導体がなければ自動車がつくれないことが明らかになった今、自動車メーカーが半導体メーカーに対する態度を改めないと、今後もクルマの減産に悩まされることになることを警告したい。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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