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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

イギリス国歌、エリザベス女王崩御で題名も歌詞も変更…元はフランス王のための曲

文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師
イギリス国歌、エリザベス女王崩御で題名も歌詞も変更
エリザベス2世(「Getty Images」より)

 イギリスのエリザベス二世女王が崩御された悲しいニュースは、あっという間に世界中に広まりましたが、亡くなった当日に息子のチャールズ三世が国王に就任し、2日後には即位宣誓式が行われるというイギリス王室の伝統には、正直驚きました。

 僕はイギリスに10年近く在住し、2人の子供もイギリスで生まれて幼稚園や小学校に通っていただけに、どれだけエリザベス二世が国民から愛されていたかを目の当たりにしていました。災害や疫病の際だけでなく、王室内が多くのスキャンダルに見舞われた時であっても、力強く国民に語りかけるお姿は神々しいばかりでした。昨年亡くなられた最愛のフィリップ殿下とともに、安らかに眠っていただきたいと思います。

 ところで、チャールズ三世が国王になったことに伴い、イギリス国歌の題名が変わったことをご存じでしょうか。エリザベス女王が在任中の『God Save the Queen』(神よ女王を守りたまえ)から、『God Save the King』(神よ国王を守りたまえ)になったのです。しかも、歌詞の中身も、Queenからking、Her からHim, MotherからFatherなどと、女王から男性国王になったために変わり、チャールズ三世新国王がロンドンに戻って来た際、集った民衆によって歌われました。

 実はこの変更は、イギリス連邦の一員で、国歌のほかにイギリス国歌を王室歌としているカナダ、オーストラリアなどの国にも影響します。法的に2つの国歌を持ち、イギリス国歌をその一つとしているニュージーランドも、これからは“King”と歌うことになるのです。

 今回の王位継承による変更はこれだけではありません。イギリスでは、紙幣からコインまで、これまではエリザベス二世の肖像がプリントされていただけでなく、しかも女王の年齢に応じて、少しずつお顔を変えている念の入れようだったのですが、これから発行される貨幣はすべてチャールズ三世の肖像になります。

 前述したイギリス連邦の国々、カナダの20ドル紙幣、オーストラリアの5ドル紙幣、ニュージーランドの20ドル紙幣も、これまではエリザベス二世だったのが、今後はチャールズ三世となっていくかもしれません。

 ただ、チャールズ皇太子時代に起こった、ダイアナ元妃との離婚、不倫を経て再婚したカミラ夫人のスキャンダルは、これらイギリス連邦の国々でも大きな話題となり、イギリス王の紙幣はエリザベス二世までで、チャールズを紙幣に使いたくないと言っていた国もあるので、今後については不透明です。それでも、これらの国々はイギリス連邦の一員であることに誇りを持っており、イギリス本国も含めて国家元首はあくまでもイギリス王であり、大統領がいないという点は日本と同じシステムです。

ドイツ、イギリス、日本の国歌

 話が逸れますが、王家がなく、大統領がいるドイツの国歌は「ドイツの歌」という素っ気ないタイトルです。作曲したのは、ベートーヴェンの師匠でもあるオーストリアの大作曲家、ヨーゼフ・ハイドン。1797年に『神よ、皇帝フランツを守りたまえ』という題名でつくった曲で、題名がイギリス国歌に似ているこの曲は、後にオーストリア国歌となり、なぜか現在はドイツ国歌として歌われています。

 その歌詞は、本当は1番から3番まであるのですが、第二次世界大戦後は3番だけが歌われています。その理由は、1番の冒頭部分を見ればわかります。

「ドイツよ、ドイツよ、すべてのものの上にあれ
この世のすべてのものの上にあれ」

 さすがに、ナチスドイツが去った後に歌える内容ではありません。さらにその後には、「マース川からメーメル川まで、エチュ川からベルト海峡まで」という領土宣言したような歌詞が続くのですが、現在のドイツ領内にはない場所です。

 ちなみに、2番の歌詞は以下のようにドイツの精神文化と高貴な行いを歌っているだけに、歌われなくなっているのは残念に思います。

「ドイツの女性、ドイツの忠誠、ドイツのワイン、ドイツの歌は古からの美しき響きを、この世に保って、我々を一生の間、高貴な行いへと奮い立たせねばならぬ」

 ところで、イギリス国歌『神よ国王を守りたまえ』で、はっきりと「国王」と歌われているのを見ていると、日本の国歌『君が代』における「君」とは、一体誰のことだという論争があることを思い起こさせます。

 世界の国歌のなかで作詞がもっとも古いとされる『君が代』の意味は、古くは「祝福を受ける人の寿命」であったのが、転じて「天皇の治世」を奉祝する歌になったといわれていますが、現在も論争になっています。それに対してイギリスの場合は、あっけらかんと「国王」と言い切り、今回も国民は“Queen”でなく“King”と歌う歴史的瞬間を楽しんで大声で歌っているのです。

 そんなイギリス国歌ですが、もともとはイギリスで生まれた旋律ではなく、フランスの歌だそうです。起源とされているのは、フランス王ルイ14世のために作曲した『神は偉大な王を守る』ですが、こんな威厳のあるタイトルを持ったメロディーは、なんとルイ14世が苦しんでいた痔瘻の快癒を願ってつくられた曲だといわれています。

 それでも、『君が代』と同じくイギリス国歌も素晴らしい曲だと思います。今の天皇陛下がイギリス留学していた青年時代に、バッキンガム宮殿を訪れて、エリザベス二世自らお茶を入れてくださり、ロイヤルファミリーも含めて数日間の休暇を楽しんだそうです。そんな心優しいエリザベス二世と上皇陛下との温かい交流の話も、広く報道されています。

 エリザベス二世が女王として即位したのは、日本がサンフランシスコ平和条約を結んだ翌年の1952年。その即位式には皇太子殿下(現上皇陛下)が参列しましたが、第二次世界大戦から日が浅かったことから、イギリスでは敵国だった日本の皇族が来ることに対して大きな反対運動が起こったそうです。そんな状況にもかかわらず、即位式の翌日にエリザベス二世女王は皇太子殿下を競馬場に誘いました。笑顔で馬の上に乗っている皇太子殿下の写真が残っていますが、そんな絶妙な方法で、イギリスと日本の平和友好の幕開けをアピールするような女王でした。

 あと1年半で、ルイ14世の治世を抜いて世界で1番長い在位となるところだったのですが、エリザベス二世の生涯が国民に愛され続けたものであったことは確かです。

(文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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