知られざる驚愕の曲!モーツァルト『俺の尻をなめろ』、演奏に639年かかる曲
20年程前にテレビCMやゲーム音楽で使われたことがきっかけとなり一躍有名になった楽曲『ジュ・トゥ・ヴー』。最近でも、テレビアニメ『スーパーカブ』(AT-X)にも使われたこの曲は、19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した、フランスの異色作曲家、エリック・サティのシャンソンで、日本語タイトルでは「おまえが欲しい」などと訳されています。
サティは変わり者の作曲家として知られており、世界最高峰の音楽大学のひとつ、パリ音楽院に入学したものの、指導教官に「才能が無い」とレッテルを貼られて除籍の憂き目に遭います。そして退学後、シャンソン酒場のピアノ弾きからキャリアを始めた異例の経歴です。その後、次の世代の作曲家たちに大きな影響を与える作品を数多く書いていますが、彼が名付けた曲のタイトルは風変わりなものばかりです。
『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』『胎児の干物』『梨の形をした3つの小品』『いつも片目を開けて眠るよく肥った猿の王様を目覚めさせる為のファンファーレ』など、当時のパリの聴衆を惑わせたのでないかと思います。それが100年後になって、独特で魅力あるサティの音楽が注目され、現在もなお頻繁に演奏されることになったのは、やはり彼の音楽が時代を先取りした証拠でしょう。
そんなサティの作品に、『嫌がらせ』があります。原語では『ヴェクサシオン』です。曲自体は、1分くらいで演奏できるのですが、「840回」繰り返して演奏するようにと指定があるのです。しかも、「大いなる静寂の中で、真剣に身動きもしないこと」とまで書かれています。いくら素敵な曲であっても、何度も演奏すると飽きてくるものですが、あえてつまらなく作曲しているとしか思えない曲で、実際には長らく演奏されることがありませんでした。
ところが、70年後の1963年にアメリカの作曲家ジョン・ケージが初演しました。その際、夕方6時に始めた演奏が終わったのは、なんと翌日の午後0時40分とされており、実に18時間40分もかかっています。もちろん、演奏したピアニスト、聴いていた聴衆ともに、サティの“嫌がらせ”にはほとほとまいったことだろうと思います。
それほど長い曲をあえて演奏したジョン・ケージも、とても変わり者です。ケージ自身が作曲した『4分33秒』という作品があり、ピアニストとしてステージに登場しても何も弾かず、変に思い始めた観客がざわついている音も音楽とする楽曲を発表して物議を醸しました。
また、彼の作品のなかには、世界最長のオルガン曲があります。それは『可能な限り遅く』という作品で、テンポは演奏家に任せられており、速く弾こうと思えば、あっという間に終わるのですが、次の音符を弾くのが10年後でも、100年後でもよいのです。現在も、ドイツの地方にある教会のオルガンを使って壮大な演奏が行われており、7年後や10年後に、次の音に移る際には多くの住民が教会に集まり一騒ぎとなります。ちなみに、予定されている演奏時間は、オルガンの寿命を鑑み、639年ということです。
モーツァルトの醜悪なタイトルの作品
サティの作曲したタイトルが奇妙であることは確かですが、かのモーツァルトも負けていません。有名なのは『Leck mich im Arsch』で、日本語に訳すと“俺の尻をなめろ”という男性合唱曲です。ニコニコ動画でも聴くことができます。
この「俺の尻をなめろ」は、モーツァルトが酔っ払った時に作曲したといわれていますが、当時のヨーロッパは下水設備もなく、糞尿は家の前にある小道に投げ捨てるのが当たり前の光景で、悪臭もひどいものだったそうです。早朝、道を歩いているときに気をつけなくてはならなかったのは、上階の住人が、夜に使った尿瓶の中身を、急に窓から道路にぶちまけてくることでした。しかも、毎日の入浴の習慣もなく、なんとか香水を振りかけて体臭をごまかしていた頃で、モーツァルトも含めて、お尻や糞尿などは身近な存在だったに違いありません。
モーツァルトが書いた手紙も、こんな言葉のオンパレードです。
「あなたの鼻に糞をします」
「花壇のなかにバリバリッとウンコをなさい」
これらは、なんと恋仲にあったともいわれている従姉妹のベーズレに宛てたものなのです。もっとひどい手紙もたくさんありますが、僕もちょっとここに書くのをためらうほどです。
あのような美しい音楽を書いたモーツァルトの“別の一面”にはガッカリさせられますが、モーツァルトの母アンナ・マリアも、夫への手紙で「さあ、たくさんうんこして、オナラもして、ぐっすりお休みなさい」などと書いていた人物なので、母親譲りだったのかもしれません。
さらに、その直後に書いた作品は、もっとひどいものです。『Leck mir den Arsch fein recht schön sauber』。日本語訳は文末に記載しますが、あまりにも酷いので、モーツァルトの音楽が好きな人は見ないほうがよさそうです。この曲は、さすがにほとんど演奏されることはないようです。
話が逸れましたが、作曲家にとってタイトルは、聴衆に音楽のイメージを与える大切なものなので、通常はかなり慎重に名付けます。そんななかで風変わりなのは、イギリスを代表する作曲家、エドワード・エルガーの代表作『Enigma Variation』で、日本語に訳すと「謎変奏曲」となります。わかりやすく言い換えれば、『なぞなぞ変奏曲』です。たくさんの曲からなる作品で、妻のアリスや数人の友人たちを描写しているとされています。今では、そのなぞなぞも解かれていますが、音楽で表現された妻や友人たちは実際にはどう思っていたのか、気になるところです。
(文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師)
(注)「Leck mich den Arsch recht schoen, fein sauber」:僕のお尻を舐めてしっかりきれいに、このうえなく清潔にしてね