サイバーエージェントが運営するビデオ・オン・デマンド・サービス「ABEMA」が好調だ。一部報道では200億円ともいわれる莫大な投資で、FIFAワールドカップ2022の放映権をすべて獲得したことでも話題を集めたが、ダウンロード数、有料会員数ともに順調に伸びを見せている。
ワールドカップ特需の影響もあり、日本代表戦では開設以降、過去最高の視聴者数も記録した。決勝トーナメントのクロアチア戦のみでも、2400万回視聴を記録。大会開催前には、その投資に対してのリターンを疑問視する声もあったが、終わってみれば同社の一人勝ちの形となったと言っても、決して大げさではないだろう。
実際、ワールドカップ中継についても、既存のサッカーファンに向けてだけではなく、ライト層へ向けた演出が功を奏した面もある。サイバーエージェントと共に出資しているテレビ朝日も、ABEMAの展開には大きな影響を受ける。テレビ朝日社員は、ABEMAの戦略について、次のように分析する。
「解説陣やゲストについても、民放との差別化が非常にうまかったと思います。特に秀逸だったのが、本田圭佑と影山優佳(日向坂46)の起用でした。普段からサッカーに関心がない人にとって、民放の専門的な解説はつまらなく映ります。あえて本田圭佑に好き勝手に話させて試合を盛り上げ、サッカーアイドルの起用で違った層もカバーしていました。ABEMAとしては、放映権を持つプレミアリーグの視聴に繋げたいという狙いもあったんです。結果として三笘薫選手の活躍もあり、次の事業に繋げていくという布石が打てたのも大きかったと思います」
そんなABEMAの存在は、開始時とは局内でも存在感が変わってきたという。前出のテレ朝社員がこう話す。
「開設当初は、その手法が疑問視されることも多かったABEMAの存在ですが、現在では現場からの評判はおおむね上々です。その背景には、テレビマンも既存の番組づくりに大なり小なり限界を感じている人が多かったということが挙げられます。それが、ABEMAという“箱”で実験的な番組づくりをできることがモチベーションになり、息を吹き返した者も少なくありません。特に報道部の評判は上々です。テレ朝は他局と比べて報道番組が多いとはいえず、せっかく取材しても尺的に入らないということも度々あったんです。そんなニュースや実験的な調査報道も、ABEMAで拾ってくれることは、ありがたいわけです」
とはいえ、単純な数字だけみると、黒字化への道のりはまだまだ厳しさもある。2019年の決済では206億円、22年は128億円と赤字の幅は減らしつつも、黒字はまだほど遠い。だが、前出のテレ朝社員は、まだ投資段階で中長期的な収益化へ向けて動いている、と続ける。
「『いつ黒字になるのか』とよく聞かれますが、まだまだ先かな、とは思います。というのもABEMAが目指すのは、テレビとは異なる新しい放送の形の創造だからです。テレビの現場は制作費の縮小が続いており、テレ朝は特にその傾向が顕著です。ところが、ABEMAではそういった動きはまだ見られません。縮小に舵を切るのは簡単ですが、一度その方向に進むと戻れないことをよくわかっているとも感じます。安易に削減、縮小するのではなく、質の良いものをつくることで独自のポジションを目指しているのです。NetflixやAmazonなどの“黒船”に人材が流出する今、できるだけ踏ん張ってほしいという願いもありますよ。いずれにしろ、このワールドカップが一つの転換期となり、また新たなビジネス展開を構築していくとみています」
サッカーに限らず、野球や格闘技などのスポーツイベントへの注力も目立つ。大晦日には「RIZIN」と「BELLATOR(ベラトール)」のビッグマッチ「DYNAMITE2」の中継も決まっている。前出社員によれば、今回のワールドカップの結果を受けて、今後はより大掛かりなスポーツ部門への投資の可能性も十分にあるという。
少なくとも、ワールドカップの影響で“ABEMA=スポーツ”という印象が、広く国民に根付いたことは間違いない。その現状を維持していくのか、それともさらなる驚きの一手も用意されているのか。ワールドカップの“視聴難民”を防いだABEMAの今後に、一層注目していきたい。
(文=Business Journal編集部)