5月9日、ニトリホールディングスは2023年3月期の当期純利益が951億円と発表した。前年度から1.65%(15億円)の減益だ。最終減益は24年ぶり。決算期の変更があったため過年度決算との比較を行うことは必ずしも適切ではないが、低価格の家具などを販売して成長を続けてきた同社にとって、減益の意味は大きい。ニトリは国内を中心とする事業運営体制を見直し、中国、中長期的なGDP成長期待の高い東南アジア地域に経営資源(ヒト、モノ、カネ)を再配分しなければならない局面を迎えている。
ニトリは、国内企業から世界的な家庭用品企業への飛躍を目指す段階を迎えたともいえる。それは、「アジアを制するものが世界を制する」との考えを明確に示した似鳥昭夫会長の見解からも確認できる。似鳥会長の考えを実現すべく、ニトリは東南アジア新興国地域において業務を拡張するための新戦略を実行し始めた。当該地域では、スウェーデンのイケアも急速に出店数を増やしている。熾烈化するイケアとの競争にニトリがどのように対応して高い成長を実現するかが注目される。
家具業界に変革を起こしたニトリ
もともと、家具の業界では分業体制が敷かれてきた。原材料である木材などの仕入れや乾燥、保管などを行う卸売、タンス、椅子、テーブルなどを企画設計するデザイン、デザインに基づいた各種の各具の製造、工場から小売店、顧客などへの物流など、多様な機能を担う企業が独自の商取引に基づいて家具は供給されてきた。ニトリはそうした産業構造に変革をもたらした。家具の設計開発、製造、物流、販売を自社で完結した。より低価格で供給する体制も強化して国内の消費者からより多くの支持を獲得し、ニトリは高い成長を実現してきたのである。それが、 「お、ねだんいじょう。」のブランド価値の向上を支えてきた。
具体的に、ニトリは商品の企画から開発、原材料開発、協力工場(外注先)などでの製造、品質管理、貿易、物流を自己完結した。生産面では、人件費や原材料の逓減のために海外での生産体制を強化した。店舗で得られる消費者の潜在的な需要を製品開発に迅速に反映させ、新しいモノを顧客に届けるために、システム開発や物流体制は一貫して強化されている。
外国為替市場で円高が進行したことも、ニトリの高成長に大きく寄与した。1985年9月のプラザ合意以降、ドルなどに対する円の為替レートは多少の上下を伴いつつも上昇基調で推移した。海外生産体制の強化と円高の掛け算によってニトリは国内で販売する製品の原価を徹底して引き下げ、顧客の満足度を高めた。世界経済のデジタル化を背景とするIT先端技術の導入による在庫管理の効率化などによって資産の回転率も上昇した。2021年にはホームセンターの「島忠」も買収した。ニトリは家具、日用雑貨、キッチン用具、ファッションなど事業領域を拡大した。消費者のスイートスポットをつく商品設計や開発のノウハウと自社の物流システムが活用できる分野を広げた結果、2022年2月期決算まで35期連続で増収増益(経常利益ベース)が達成された。
ただ、2023年3月期、最終損益ベースでの増益記録は途絶えた。世界的な物価の高止まり、わが国の実質賃金が伸び悩む状況下での家計の節約意識の高まり、巣ごもり需要の反動減、ドルなどに対する円安の進行の負の影響は大きかった。
東南アジアでの業務拡張を急ぐニトリ
2024年3月期、ニトリは売上高が9,320億円、純利益は前期比5.15%増の1,000億円になるとの予想を公表した。収益の増加のためにニトリは国内以上にアジア新興国市場、特に、東南アジア諸国で出店数を急速に増やす。
2022年2月期末と2023年3月期末の出店計画を比較するとニトリは中国大陸、マレーシアなどでの出店を増やす。2024年3月期の重点課題の一つとして、中国では約400名の新卒採用も計画している。若手従業員を現地で採用することによって、実店舗(リアル)とネットの両面での販売体制が強化される。ニトリはこれまで出店してこなかった国や地域にも進出する。タイ、ベトナム、インドネシアにはそれぞれ5店舗、フィリピンには2店舗が出店される計画だ。中長期的に、世界経済の中でも東南アジア諸国の経済成長率は高く推移するだろう。所得の増加を背景に、家具需要も伸びると予想される。香港と韓国にも初めてニトリは出店する。国内では出店の増加や店舗の改装によって一定の収益を得る。獲得した資金や人材を急速に東南アジア諸国などに再配分して収益力を引き上げる戦略が始動している。中期的に、東南アジア諸国などでの新規出店数は国内を上回るだろう。
東南アジア地域では、イケアも出店戦略を強化している。2023年2月15日の時点で、イケアは世界全体で460店舗を運営している。うち79店舗がアジア地域(わが国を含む)だ。イケアにとっても東南アジア市場攻略の重要性は高まっている。2021年11月にはフィリピンで初めての店舗がオープンした。注目されたのは、その規模だ。床面積は6万8,000平方メートル(東京ドーム1.5個分)、出店時点でイケアにとって世界最大の規模だった。フィリピンの店舗には、ネット通販に対応するための倉庫機能も併設した。イケアにとってフィリピンは同国のみならず、東南アジア新興国の家具、日用品、さらには週末のショッピング体験などの需要を取り込むための重要プロジェクトに位置付けられる。そうした取り組みはさらに強化されるだろう。
重要性高まる差別化の徹底
今後、ニトリに求められる取り組みの一つは、差別化を徹底してイケアなどとの激化する競争に対応することだ。ニトリは日本の消費者の要望にこたえる商品をスピーディーに開発し、海外で商品を生産し、物流機能を強化して顧客に提供してきた。今後は、東南アジアを中心に新規に参入する市場において、顧客の潜在的な要望に応えることが求められる。ポイントになるのは、日本企業が世界の消費者に与えるイメージを活かして、ニトリというブランド競争力に磨きをかけることだ。
2022年11月に電通が公表した調査結果によると、タイでは日本企業の製品はコストパフォーマンス(コスパ)に優れ、高性能でもあるといったイメージがもたれている。台湾ではやや状況が異なる。丁寧に作られて長持ちし、高級感があるとのイメージがもたれている。国や地域ごとに異なる消費者の心理を細やかにくみ取り、商品の開発を進めることによって、ニトリはより多くの需要を獲得することができるはずだ。
2023年3月期の決算資料によると、2024年に大学を卒業する大学生を対象とする就職企業人気ランキングの文系総合部門でニトリは1位だった。高い成長の志向、デジタル化を積極的に取り入れる経営姿勢、賃上げは多くの若者の支持を得ている。内外の新卒学生などの溌溂としたアニマルスピリットと、これまでに培ってきた迅速に顧客の要望に応える商品開発や製造、物流体制、およびライブ・コマースの配信体制の強化などを組み合わせる。それによってニトリは内外の消費者に新しい生活様式を提案して需要を創出することができるだろう。
東南アジア諸国での事業運営体制の強化などに向け、国内外での企業とのアライアンスや小売企業などの買収も増加すると予想される。特に、インドなど成長期待の高い一方で外資規制が導入されている市場に参入するために、現地企業との提携戦略の重要性は高まる。ニトリが磨いてきた丁寧なモノづくりと顧客へのサービスを東南アジアなどの新興国市場に導入し、どのように新しい需要を創出するかが注目される。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)