創業者で元社長のジャニー喜多川氏の問題を受け経営体制の刷新や新会社設立などの対応に追われる大手芸能事務所、ジャニーズ事務所。7日放送のテレビ番組『報道特集』(TBS系)は、同局が同事務所から日常的に受けていた、キャスティングや番組内容に関する圧力の実態、さらには報道現場における同事務所関連のニュースの放送自粛の実態について報道。その放送内容について評価する声があがる一方、「反省の姿勢を見せて批判を回避しようとしている」「ジャニーズが批判され始めた途端に手のひら返し」といった厳しい声も寄せられるなど、議論を呼んでいる。今回の『報道特集』の放送内容をどのように評価すべきか。業界関係者の見解も交え検証してみたい。
この日放送の『報道特集』は「検証 ジャニーズ事務所とTBS」というテーマで、約80人の同局の現役社員、元社員に取材。まず、同事務所がジャニー氏の不適切な行為を報じた「週刊文春」(文藝春秋)に起こした裁判で、裁判所は2004年に「(所属タレントらへの)セクハラについての記事の重要部分は真実と認定する」との判決を確定させた件をTBSが報じなかった件について、
「週刊誌ネタ、芸能ネタというレッテル」
「男性の性被害の認識の低さもあり、ニュースとして取り上げる判断をしなかった」
と振り返り。また、12年にジャニー氏が運転する乗用車が追突事故を起こし、相手男性が軽傷を負った件を報道しなかったことについて、当初はあるニュース番組内で伝える予定で原稿準備まで進んだものの放送は見合わせとなり、報道局の幹部がジャニーズ事務所との窓口を務める編成部の担当者と話していた様子が目撃されていたという。当時の報道局幹部は
「ニュースとして報じるかどうかは、さまざまな要素を勘案して決めている。『ジャニーズは面倒くさい』という思いや、事務所と日々向き合う編成部への配慮が、ニュースとして報じるかどうかを判断するさまざまな要素の一つになったのは間違いない」
と証言した。
「怒らせたら面倒くさい」
次に、ジャニーズ事務所からの圧力の存在について検証。次のようなTBS関係者たちの証言が紹介された。
「(同事務所を)怒らせたら駄目。この1年の間にも、ジュリー氏(編注:藤島ジュリー景子前社長)を通じてキャスティングをめぐる圧力が番組にあった」
「編成のジャニーズ担当のなかには、マネジャーからの電話に出るために夜中に家に帰ってビニール袋に携帯を入れて風呂に入っている人もいた」
「気に入らないことがあると(同事務所が)『タレントを引き上げるぞ』と言うため、企画がガラッと変わるなど振り回された」
「なぜ忖度するかというと、番組出演をなくされるのを恐れていたから」
「若い頃からベテランのプロデューサーがジャニーズ事務所に平身低頭で接するのをずっと見てきた。それを見て育ったので、自然に自分もそうなっていく。うまくやれば次のジャニーズの仕事も来る。なぜみんなジャニーズと仕事をしたいかというと、一つは数字をとりやすいから。そして社内の自分の評価が高まるから」
こうした声を総括して日下部正樹キャスターは、
「英BBCの報道から半年、私たちテレビ局のなかでも、ようやく自らを見つめ直す動きが出てきた。ジャニーズの問題は1人の男性や1つの事務所の問題にとどまらないと思うんです。ジャニーズという巨大な帝国を育てたのは、間違いなくテレビ局です」
「勇気を持って声を上げた被害者の方々には、どんな言葉を尽くしてもお詫びのしようもありません。私たちは報道機関として当然持つべき弱い立場の人々に寄り添う思いと想像力を欠いていました」
「さらに深刻なのは、この問題はTBSに限らず沈黙を続けてきたテレビ局全体の問題だということです。私たちは、まず被害者の救済がどのように進んでいくのか、きちんと見届ける必要があります」
と語った。
ジャニーズとテレビ局の関係については、日本テレビも4日放送のニュース番組『news every.』で検証していた。元編成幹部は「怒らせたら面倒くさい」と述べ、『24時間テレビ』のパーソナリティーに別の事務所のタレントを起用した際にジャニーズ事務所所属タレントの出演はなかったと明かした。他の現役社員・元社員からも次のような証言が出た。
「ライブなどの取材や新曲のインタビューもあり、外されるのは怖い。実際にやられている雑誌を見ているので、つっこみにくかった」
「競合するタレントはキャスティングしないというのが不文律。ジャニーズ事務所が司会の番組でイケメンは出しにくい」
<個々の社員の話を聞きっぱなし>
今回の『報道特集』放送について、評価する声もあがる一方、識者からは以下のように厳しい意見も出ている。
<NHKも日テレもTBSも、文春判決の時は男性の性被害が人権問題と理解できていなかった、という声が結構ある。ただ、当時すでにカトリック聖職者の性的虐待問題は日本メディアもたくさん報じていた。その被害者の多くが男性だった。なぜ海外のケースは取り上げ、国内のそれを見過ごしたかを考えないと…><個々の社員の話を聞きっぱなしで、そうした考察がないまま、『反省します』『今後はちゃんとやります』と言っても、どうなのか…という感じがしてしまうんですね>(ジャーナリスト・江川紹子氏/公式X(旧Twitter)アカウントより)
<長尺ながら、それに反比例して満足度は低かったです。「ジャニーズ事務所とTBS」と題するからには、今日の組み立てを逆から放送すべきでした。なぜ自局の制作・編成ネタは最期だったのか?言葉とは裏腹に反省が薄かった印象です>(同志社女子大メディア創造学科教授、元MBSプロデューサー・影山貴彦氏/同)
テレビ局へのジャニーズ事務所からの圧力の実態について、キー局社員はいう。
「意外に思われるかもしれないが、同事務所があからさまにキャスティングや放送内容に口を挟んでくることは少ない。だが、気に入らないキャスティングなどがあると、遠回しに暗にそれを示してくるし、同事務所が所属タレントを引っ込めたり出さないようにする事例は実際にあるので、テレビ局側が忖度して自ずとジャニーズの意向に沿わないようなことはしなくなる。もっとも、ドラマかバラエティかという番組の性格や、番組の規模にもよる。たとえば毎年ジャニーズのタレントが司会を務めている日テレの『24時間テレビ』なんかで別の事務所のタレントを司会に据えようとしたり、ジャニタレが主演を務めるドラマで別の男性アイドルグループを出演させようとすれば、さすがに事務所から物言いは入るだろう。ただ、かつてはジャニタレと過去に交際歴のある女優は別のジャニタレと共演NGという不文律が存在した時代もあったが、今ではそれもなくなるなど、いろいろと縛りが緩くなっているのは事実だ」
別のキー局社員はいう。
「制作現場への介入という意味では、ジュリーさんより元SMAPマネージャーの飯島三智さんのほうがすごかった。その時代から比べると口を出してくる度合いは薄まったが、ジャニーズグループの冠番組などで視聴率低迷などが続いたりすると、事務所側から『なんとかして』というプレッシャーは受ける。また、テレビ局の社員にとって人気の俳優やタレント、特にジャニーズのタレントをキャスティングできるというのは、それだけで社内で重宝されて評価が高くなる。そのため、同事務所を担当する社員がその既得権益を守るために躍起になってきたのは、どの局も同じだ」
「検証番組を放送しましたよ」というエクスキューズ
今回の『報道特集』を業界関係者はどう評価するか。キー局社員はいう。
「TBSのドラマやバラエティーにも数多くのジャニタレが出てはいるものの、フジテレビや日本テレビ、テレビ朝日など他局に比べるとジャニーズとの関係は薄いため、こうした番組を放送できたのだろう。『報道のTBS』という同局の意識が働いた面もあるだろう。騒動が沈静化した後の番組のキャスティングに悪影響がおよぶ可能性もあり、検証番組の放送に踏み切った勇気は一定程度評価されるべきだとは思う。その一方、『今さら感』『言い訳がましい』と感じる面があるのも否めない。もしジャニー氏の問題がここまで大きくなっていなければ、TBSだってこれまでどおりダンマリを決め込んでいただろうから、『報道のTBS』としての体裁を整えるために『とりあえず検証番組を放送しましたよ』というエクスキューズをつくっているようにも思える」
別のキー局社員はいう。
「世間的にも社内的にも一回『ガス抜き』をしておきかったということだろうが、やはり世間のジャニーズ事務所バッシングの流れに便乗した感が強い。特に大手芸能事務所の俳優が主演を務めるドラマのキャスティングは『忖度の塊』みたいなもので、ジャニーズに限らずどの大手事務所でも事情は同じで、それは今後も変わらない。番組が一定の視聴率が見込めるタレントなりグループを起用したがるのは当たり前で、騒動のほとぼりが冷めれば、ジャニーズへの忖度は続くだろう。今回の『報道特集』は『これまではこうでした』という証言が一方的に流されたばかりで、そのあたりの本質的な問題の検証、具体的に今後どのような取り組みを行っていくのかという点は深掘りされていなかった。ただ、このような赤裸々な証言が地上波で数多く伝えられたというのは、おそらく初めのことなので、意義はあったと評価していい」
(文=Business Journal編集部)