生保、営業職員のノルマ・大量採用・大量離職を廃止…固定給や長期雇用へ転換
11月9、10日、各国の保険監督当局で構成する保険監督者国際機構(IAIS)の年次総会が東京で開催され、岸田文雄首相や鈴木俊一財務大臣が登壇した。今年は初の日本開催となり、テーマは「世界の保険セクターをより包括的にするための監督者の役割」。議長には金融庁の有泉秀・金融国際審議官が就任した。任期は2025年11月までの2年間で、アジア国からの議長就任は初。これは金融庁および有泉議長が長年にわたってIAISに貢献したことが評価された。日本の保険業界では数多くのトラブルが起きているが、海外から日本の保険業界への関心は高い。日本は死亡保障の契約数がダントツで世界1位だからだ。
その保険業界に激震が走ったのが2016年のことだった。金融庁は「適切な保険募集」という御旗を掲げて保険業法を改正し、顧客への情報提供や意向把握を義務化した。生保各社と代理店は書類やシステムなどの整備や対応に追われた。保険会社の設立、商品発売、各種契約書類などはすべて金融庁の認可がいる。生保会社と代理店は継続的にコンプライアンス研修を行い、契約時に意向把握の書類へのサインを契約者に求めるようになった。
誤解を与える表現も厳禁だ。「保険金がすぐに支払われた」というCMも見かけられなくなった。保険金の支払いは本社の担当部署に書類が届いて不備がなければ5日以内というのは各社共通だ。特定の保険会社だけが支払いが早いというような誤解を与えかねない表現は、適切な保険募集とはいいがたいからだ。
ノルマは今も健在か
そうしたなか、生命保険会社は大量採用・大量離職から、営業職員が長く勤められる環境整備にギアチェンジを図っているが、厳しいといわれるノルマは今も健在なのか。各社に取材してみたところ、短期的な販売目標の達成のみに傾斜するようなノルマの設定は行っておらず、一人ひとりが自身のキャリアを考え、それに応じた目標を自ら設定する運営としているという回答がほとんどだ。ある生保会社はいう。
「雇用継続を判断する成績基準は設けている。その基準はかなり低く設定している。継続的に営業活動に取り組むことで十分達成できる水準と考えている。社内研修等でのフォローはしっかり行っており、成績基準未達により雇用満了となる者は極めて僅少というのが現実。また解雇ではなく自然退職となる」
かつては営業所の壁に大きく営業職員個人の成績表が掲げられていた時代もあったが、「過度なプレッシャーを与えるような運営は実施不可としており、特定の基準に対して未達成者のみを目立たせるような掲示物は禁止するなどの対応を行っている」(生保会社)という。
5年在籍以上の職員の比率は9割に
給与についても改善が図られている。基本的に固定給と、成果などを反映する比例給の2段階制だ。固定給を増額したり、顧客へのアフターフォローなどの基本活動の取り組みに応じて処遇の引き上げを行う生保会社もある。入社後2年間は実績にかかわらず固定の月給とし3年目からは営業実績によって毎月変動するのではなく、1年スパンで月給が決まる仕組みを導入したり、5年間は同額の固定給にする生保もある。こうした取り組みによって、5年以上在籍する社員の比率が9割となっている会社もある。
営業職員の退職理由は成績不振ばかりではない。過去の大量採用時代の職員が定年を迎えだしているのだ。本人や親族の病気やケガ、家庭の事情、他に自分のしたい仕事が見つかったというケースもある。司法試験に合格し弁護士になったり、大学院に進学したり、美容やファッションの道に進んだ人もいる。
なぜ不祥事が起こるのか
日本の金融庁はIAISから評価されている。生保各社も社内で問題が起きれば第三者委員会を立ち上げ、調査結果に基づき処罰を行っている。にもかかわらず、なぜ保険業界では不祥事が絶えないのか。筆者の取材に基づけば、それは保険会社の全国各地の拠点と拠点長に問題があると考えられる。成績至上主義だった保険業界では、拠点長が「契約がもらえるまで帰ってくるな」と営業職員を追い詰め、成績不振の営業職員が頭ごなしに怒鳴り散らされるというケースは珍しくなかった。保険業界を取り巻く環境は大きく変化している。拠点長も営業職員も大多数は真面目にコツコツと活動を行っているのは事実だ。しかし、そうしたやり方を変えられない拠点長がいることも事実だ。拠点長を監督する人が常勤していないことも理由でもある。
営業職員は所属する拠点や支社が自分の知る世界のすべてとなる。パワハラを受けたり、ノルマを強要されたら、支社もしくは本社に通報すべきだ。場合によっては警察に被害届けを出してもよい。他の職員たちも見て見ぬ振りや無関心を装わないでほしい。拠点長などの個人の問題であっても、職員に対する責任は最終的には会社にある。今こそ、保険業界の膿をすべて出し切り、大ナタを振う局面だと思う。
保険業界は誰も予測ができない時代に突入したことは間違いない。数年前から保険業界に参入するといわれていたアマゾンが、あいおいニッセイ同和損害保険の子会社とコラボし11月にペット保険に参入した。さまざまな業界地図を塗り替えてきたアマゾンは、ペット保険にとどまらずに今後どのように保険業界に進出するのか、眼が離せない。
営業職員も自分一人の成績だけに固執するのではなく、業界全体の健全化を心から願わない限り「お客さま本位の保険業界」にはならないだろう。保険業界の新たな船出が始まった。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)