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テレ朝『林修』番組、2重の重大ミスの原因…スタッフ大所帯と分業体制の盲点

協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授
テレ朝『林修』番組、2重の重大ミスの原因…スタッフ大所帯と分業体制の盲点の画像1
テレビ朝日(「Wikipedia」より/Wiiii)

 テレビ朝日はバラエティ番組『林修の今知りたいでしょ!』の番組ホームページ上に突然、「東京大学名誉教授・樋口広芳様のご見解を誤って放送した件について」と題するお詫び文を発表した。何があったのだろうか。長年、日本テレビ報道局記者兼ドキュメンタリー番組ディレクターとしてテレビ局の報道畑を中心に番組制作の現場に携わってきた上智大学の水島宏明教授に検証してもらう。

 同番組は知的バラエティ番組だ。ふだん教える側にいる予備校講師・林修が生徒役に回って他のタレントたちと一緒に、さまざまな分野の講師たちによる授業を受けるという設定だ。博覧強記で知られる林でも実際には知らないことがある。そのギャップがお笑いのポイントで、視聴者は楽しみながら専門的な知識を学ぶことができるという仕組みだ。

 問題になったのは11月23日(木)放送回。2.5時間に拡大してのスペシャル番組で「今身近に迫る危機!衝撃映像ミステリー62連発」として、地球環境の変化でクマやイノシシなどの野生動物が住宅街に出没するなど生態域が拡大している問題などを取り上げた。万一クマに遭遇した場合に自分の身を守る方法など、いざという場合の対処のヒントになる情報がたくさん紹介され、映像からわかることは何かを一種のクイズ形式で展開していく番組だ。

 今回謝罪の対象になった場面のテーマは「カラス」だった。このコーナーに登場した講師は東京大学名誉教授の樋口広芳氏。鳥類研究の第一人者でリモートでの出演だった。カラスの生態を観察して記録したさまざまな映像が出てきた。たとえば公園などにある水飲み場でカラスがくちばしを使って蛇口の栓をひねって水を出して飲んだり、水を大量に出して体中に水浴びをしたりする様子が出てくる。透明のプラスチックの筒の中にカラスの餌を入れておいて、カラスがどうするかを観察していると、長い棒を筒の中に押し込んでエサを外に押し出してから食べるなど、人間と同じように「道具を使う」という生態が描かれていた。鳥類のなかでも学習能力が高いというカラスの生態を伝えていた。樋口氏も「カラスは鳥類約1万種のなかダントツに賢い。相当な学習能力や認識能力、記憶力があるのは確か」だと説明する。

 このカラスのコーナーの冒頭で樋口氏がカラスの冬の生態について説明する部分がある。「樋口先生によると、冬は寒さをしのぐために群をつくる集団生活期。『集団ねぐら』をつくり、身の寄せ合って過ごすのだそう」というナレーションや樋口氏の発言音声が放送された。この「寒さをしのぐために群をつくる」というナレーションが誤りであることを樋口氏から指摘されたことが「お詫び」の背景にあるようだ。

確認における「ミス」

 番組のHPに掲載された文章は以下のようになっている。

<「カラスはなぜ、冬に大きな集団を形成するのか?」の理由として、番組では「樋口先生によると、冬は寒さをしのぐために群れを作る集団生活期。集団ねぐらを作り、身を寄せ合って過ごす」と放送しました。しかし、樋口教授から理由としてお伺いしたご見解は、「外敵がやってくることをたくさんの目で見ていち早く察知するため」 「どこに食べ物があるかをたくさんの目で見つけるため」でした。また、樋口教授によれば「そもそも『冬は寒さをしのぐために群れを作る集団生活期。集団ねぐらを作り、身を寄せ合って過ごす』という内容は、誤りです。カラスはそのような目的で集まるのではありませんし、寒さをしのぐために身を寄せ合って過ごすということもありません。カラスは群れて木にとまっているような時でも、個体同士がくっつき合うことはなく、ある間隔を保っている。」とのことです。番組側が誤った理解の上で放送し、しかも樋口教授の主張として紹介するという二重の大きな過ちを犯してしまいました>

 その上で、以下のように謝罪している。

<樋口教授が発言していない内容を、樋口教授のご見解として紹介するという番組側の重大な間違いにより、この分野を長きにわたりご研究されてきた樋口教授の名誉を著しく傷つけたことを深く謝罪いたします>

 流れを見る限り、樋口氏の生の言葉をナレーションに置き換えた際の誤解が原因のミスだ。では、なぜこうしたミスが起きてしまったのだろうか。こうした大型の番組になればなるほど、細かい点でのファクトチェックが求められる。樋口氏のような専門家の言葉をナレーションにして書き直す場合には、その原稿を樋口氏本人に送って、前後も含めて「確認」してもらう、というのがこうした番組を制作する際の鉄則である。できればVTR全体を見せた上で確認してもらうことが望ましい。なかなかナレーション原稿のチェックだけでは自分が伝えたかったことが番組にきちんと反映されているのかどうかはわからないことが多いからだ。ニュアンスが伝わらないこともある。事前にこの「確認」をしなかったのか。あるいは、確認における「ミス」があったのだろう。

細かい部分まで「分業」

 こうした厳密な事実の確認が必要な番組は、かなり細かい部分まで「分業」が進んでいて、多くの場合はその部分だけを担当するディレクターやアシスタントディレクターなどに委ねられている。その担当者が少しでも「面倒だ」と思い確認を怠ってしまうと、今回のようなミスが起きてしまうことがある。番組のエンドクレジットを見ると、ディレクター13人でアシスタントディレクターが9人という大所帯の制作スタッフだ。大半が制作会社のスタッフで、テレビ朝日の社員プロデューサーと制作会社のプロデューサーの計3人がチェックする体制になっている。こうした体制だと報告・連絡・相談の「ほうれんそう」が日頃からできていないと大きなミスやトラブルに発展しかねない。

 さまざまな専門家たちの研究成果を活用しながら制作する知的な情報バラエティ番組は、いつになってもニーズが大きい。それだけに事実を扱う際の確認は慎重にならなければならない。少しでも手を抜いてしまうと大変な事態を引き起こしてしまう。今回は「事実確認」でミスが生じたというケースだが、過去には2007年に放送された関西テレビ制作の『発掘!あるある大事典Ⅱ』で組織的なねつ造が発覚し、番組そのものが打ち切りになり、関西テレビが日本民間放送連盟から一時は除名になるなど、局全体や放送業界全体を揺るがす大きな問題に発展したケースもある。番組制作にかかわる人たちは「事実を確認する」ことの大切さを肝に銘じてほしい。

(協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授)

水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授

水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授

1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー「母さんが死んだ」や准看護婦制度の問題点を問う「天使の矛盾」を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。「ネットカフェ難民」の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。著書に『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)、『想像力欠如社会』(弘文堂)、『メディアは「貧困」をどう伝えたか:現場からの証言:年越し派遣村からコロナ貧困まで』(同時代社)など多数。
上智大学 水島宏明教授プロフィールページ

Twitter:@hiroakimizushim

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