接客業などにおける顧客からの嫌がらせや迷惑行為「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題化している。その中でも「モンスタークレーマー」は大きな問題で、多くの企業にとって対策が課題となっているが、意外な方法でクレーマーを激減させることに成功したという開業医の体験談が話題になっている。話題となっているのは、複数のクリニックを経営しているという開業医が1月11日付のX(旧Twitter)に書き込んだ体験談。この開業医は「勤務医は客を選べない仕事だった。定期的にモンスタークレーマーがきた。開業医になり、最初は誰でも診察していたのでクレーマーに悩まされた。ある時に、広告層を20~30代女性に絞り、HPも女性向けにし、予約システムをやや難しいものに変えた。クレーマーが激減した」と記し、広告ターゲットを若い女性に絞った上で予約システムの難易度を少し高めたところ、クレーマーが大幅に減少したと明かした。
一般的にクレーマーというと中高年男性が多いイメージだが、この医師のクリニックでは「50代女性が最も多い」とのことで、そうした事情から若い女性にターゲットを絞ったようだ。さらに、予約システムを少し難しくしたことが「クレーマー激減」の大きな効果を生んだようだが、実際にそのような方法は有効なのだろうか。中小企業のクレーマー対策などを支援する島田法律事務所代表弁護士の島田直行氏はこう解説する。
「予約システムを工夫することでクレーマーが減少することはあり得ます。マーケティングにおいては、一般的に『間口を広げる』ということを意識し、アプローチするまでの心理的抵抗をできるだけ低くします。分かりやすい例としては、求人サイトでは申込者を増やすために申込のプロセスを単純化(履歴書不要など)しています。ですが『間口を広げる』というのは、想定していない人を引き受けるリスクを伴います。クレーマーにしてみれば、できるだけ少ない労力で自分の要求を実現したいと考えますから、間口が広くて心理的抵抗が少ないとクレーマーが増えやすくなります。
そこで逆転の発想で、あえてアプローチに抵抗を設定すると、クレーマーとしては心理的負担が大きくなります。簡単に言えば『面倒くさい』ということです。人は自分でイメージするよりも『ちょっとした手間』に対する心理的ハードルが高いものです。ですから意図的にハードルを高くすることで、クレーマーの『とりあえず言いたいことがある』という動機を抑えることができます。このクレーマー対応のポイントは、精神論ではなく、システム導入によって対策を実現していることです。とかく私たちは『しっかり聞く』『共感する』といった精神論をメインにクレーマー対応を構築しがちですが、それだけでは問題の解決にはならず、担当者に過分な負担を強いることにもなりかねません。クレーマー問題は精神論ではなく、仕組みとして対応することが求められます」(島田氏)
マインドセットの整理とマニュアルの整備
予約システムのハードルを高くするといった方法は効果が期待できるようだ。それ以外にクリニックにおけるクレーマー対策はどんなものが考えられるのだろうか。
「前提として『患者という立場と、不当な要求をする立場』を切り分けて考える必要があります。医療従事者はクレーマーに対しても『患者だから』ということで、不当な要求だと感じつつも強く断ることができません。ですが、患者だからといって好き勝手な要求ができるわけではありません。不当な要求をされた場合には、治療行為を拒否することも考えるべきでしょう。まずは、そういったマインドセットを整理することが大事です。具体的なクレーマー対策としては、大きく分けて統一的対応基準の確立と対外的サポート体制の構築がメインになります。統一的対応基準の確立としては、まず対処マニュアルの策定です。『何をもってクレーマーと判断するか』『執拗な電話に対してどのように対応するか』『急な面談要求にはいかに対処するか』などを事前に取り決め、マニュアルとして整理します。ここで大事なのは、クリニックとして統一的な対応をすることです。担当者によって回答や対応が異なるというのは、もっとも避けるべきことです。『対応が違う』ということが、さらなるクレームにつながるからです。
対外的なサポート体制としては、警察や弁護士とのネットワークが必要になります。いざ何かあった時に『警察を呼ぶ』というのは、医療従事者にとって心理的ハードルが高いものです。そこで事前に警察に相談しておき、『何かあれば電話してください』という言葉を受けていれば連絡しやすくなります。これは弁護士に関しても同じです。普段から『ちょっとした関係』を持っておくと、何かあった時に電話で指示を仰ぐこともできます。こういった緩やかな人的ネットワークを持っておくことが、クリニックをピンチから救済することになります」(同)
クレーマー対応は事業課題
医療現場でのクレーマー対策を実施する際、留意すべきポイントについても教えてもらった。
「最初にするべきことは、クレーマー対応をしたスタッフに『つらかった経験』を語ってもらい共有することです。クレーマー対応は誰にとってもストレスです。ですが周囲から積極的に評価されにくいものです。そのため担当者の離職につながりやすくなります。ですから、まずは職場の心理的安全を確保するためにも“語る”という場面を設定することがすべての始まりになります。その上で過去の事例から特に困ったケースをピックアップし、それを基に対処法を検討していきます。重要なのは過去の具体的な事例をベースに組み立てることです。抽象的にマニュアルを作成しても大抵はうまくいきません。クリニックの個別の事例をベースに組み立てるからこそ『使えるマニュアル』になります。
こういったマニュアルはいきなり完成するということはないです。まずは簡単なものでもいいので作成し、随時修正などをしていくという過程が大事です。『こういうときには、こうしよう』とスタッフ同士で話し合いながら、ひとつの形にしていくイメージです。ここで大事なのは、きちんと語り合う時間を、院長がコストを負担して用意するという姿勢です。クリニックは多忙ですから、なかなかゆっくり話す時間を用意できません。クレーマーについての協議は重要であるものの、緊急性がないので後回しになりがちで、忘れられてしまうことも多々あります。それではいつまでも同じことを繰り返すだけです。そうならないためにも『クレーマー対応は事業課題』とするトップの矜持が求められます」(同)
(文=佐藤勇馬、協力=島田直行/島田法律事務所代表弁護士)