新型コロナウイルスの収束が見えないなか、さまざまな商品の買い占めが問題になっている。なかでも、日本全国で不足しているマスクを扱っているドラッグストアでは、連日行列ができ、開店と同時に完売。その行列には、新型コロナに感染すると重症化の危険がある高齢者の姿も多く、79歳の男性がドラッグストアに並ぶ客ともめて逮捕されたというニュースもあった。
ドラッグストア店員が経験した壮絶な現場
3月9日、Your Voiceさん(@neko96609136)がツイッターで投稿した内容が話題になった。
ドラッグストア1日目はこんな感じでした。全てのドラッグストアがこんな感じかは分かりませんが、精神的にきついですね。 pic.twitter.com/nLAsk0Lf4n
— Your Voice@neko愚痴垢 (@neko96609136) March 9, 2020
Your Voiceさんが画像として投稿したメモには、ドラッグストアでのクレーム客の年代や店内に響いた怒鳴りの回数、客による暴力行為などが綴られている。購入前の「アルコール除菌シート」を開封したという女性客も衝撃的だが、マスク関連では女性店員を問い詰めて泣かせる高齢男性や、店員のポケットに手を入れてくる客など、理解に苦しむ行動にも対応しなければならない実情が伝わってくる。「精神的にきついですね」と書かれた同ツイートは、またたく間に拡散された。
ほかにも、SNS上には開店前のドラッグストアに並びマスクを買い占める“マスクパトロール”をする高齢者や、個数制限を守らなかったりマスクの在庫を問い詰めたりする人々の目撃談が後を絶たない。
一方で、老年精神医学や老年心理学に詳しい「和田秀樹こころと体のクリニック」院長の和田秀樹医師は、ドラッグストアで起きているコロナパニックについて「高齢者だけがパニックに陥っているとは言い切れない」と語る。
「いつ収束するか先の見えない状況なので、年代を問わず“集団パニック”に陥っていますね。感染のリスクが上がってしまうので外を出歩けず、体力が落ちて悩んでいる高齢者や、ネガティブなニュースばかりで鬱っぽくなってしまった、という患者さんが多い印象です。ただ、衝動抑制ができないタイプの高齢者がドラッグストアで問題行動を起こしている可能性は高いです」(和田氏)
また、マスクの買い占めについては「老人と若者の間には危機感に差が出てしまっている」と和田氏は指摘する。豊かな時代を生きる若者に比べて、戦時中や戦後の貧しい時代、さらにオイルショックなどモノが不足した時代を知る高齢者は、当時の苦い思い出がよみがえっているのではないだろうか。
「今回のように『マスクが足りない』と言われたときに、とっさに買い占めに出てしまうのは、過去の記憶や経験によるものかもしれません。また、高齢者の中にはマスクに対して“自分の感染を防ぐもの”という誤った認識を持っている人もいるので、手元にないと不安になってしまうようです。しかも、新型コロナは高齢者ほど重症化すると喧伝されているので、より死が身近に感じられてパニックになっていると考えられます」(同)
一方、若者のなかにはネットで大量にマスクを買い占め、それを高額で転売する悪質な事例も頻発。現在はマスクの転売が法律で禁止されたものの、マスク不足は続いている。また、和田氏は「日本の高齢者特有の消費活動も買い占めにつながっている」との見解を示す。
「海外の高齢者は、老後は好きな車を買ったりゴルフをしたり“自分が楽しむこと”にお金を使うのですが、日本の高齢者は趣味にお金を使わず、老後も貯金する傾向があります。その大事に貯めてきたお金を『ここだ』とばかりにつぎ込んで、マスクやトイレットペーパーを買い込んでいる可能性が高い。自分の不安を拭うために、お金を使う人が多いんです」(同)
穏やかな高齢者が突然キレる理由
老人が暴走する理由はそれだけではない。実は「前頭葉の萎縮という脳機能の低下も関係しているのでは」と和田氏は指摘する。
「脳の前のほうにある『前頭葉』という部分は、意欲や感情のコントロール、創造性を担っています。前頭葉は40代のはじめから萎縮し始め、60代になるとその影響が顕著になり、『意欲低下』や『感情コントロールの低下』を招くのです。たとえば、普段はおとなしい高齢者が、ちょっとしたことで感情を抑えられずに激昂してしまうのも、前頭葉の萎縮が原因のひとつと考えられます。暴走老人は常に怒っているのではなく、普段は穏やかだったりするのも特徴です」(同)
今でいえば、電車内でマスクをせずに咳をした若者を怒鳴る高齢者や、マスクが手に入らず店の商品棚を蹴飛ばす人などは、何かのきっかけで感情が爆発してしまった可能性が高いということだ。
また、現在の新型コロナパンデミックのように、想定外の事態を冷静に受け止められないのも“暴走老人”の特徴だという。
「前頭葉が萎縮すると『創造性』も低下します。難しい本を読む、計算式を解く、などの前頭葉を使わないルーチンワークの能力は高い一方で、前頭葉の重要な機能である普段と違うことに対する対応能力が落ちるんです。そのため、ルーチンから外れた予想外のことが起きたときにパニックを起こしやすくなります」(同)
高齢ドライバーが道を間違えてパニックになり、逆走してしまうようなケースも前頭葉の萎縮と深いかかわりがあるという。新型コロナの脅威は年代も人種も超えた想定外の事態だが、高齢者はより強い不安を感じているのだ。
しかし、スーパーやドラッグストアなど店舗の現場で対応するのは限界がある、と和田氏。
「この状況を根本から解決するには、テレビの情報番組が報道の仕方を変えるほかありません。高齢者の多くはインターネットが使えず、テレビに頼って情報を得ているにもかかわらず、メディアは“感染者の増加”と“マスクの売り切れ”を報じて不安を煽っているだけ。たとえば『マスクは病気を予防するものではなく、感染させないためのものである』など、マスクに関する正しい情報をしっかり伝えるだけでも、高齢者の行動を変えられるはずです」(同)
和田氏は「各テレビ局は不安を煽るのをやめて、高齢者に寄り添った情報を発信するべき」と強く訴える。今、ドラッグストアやスーパーで起きている惨状は、報道のあり方や超高齢社会に対応できていない日本全体の課題を浮き彫りにしているのかもしれない。
(文=谷口京子)
●和田秀樹(わだ・ひでき)
1960年、大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。東京大学医学部を卒業後、浴風会病院精神科医師などを経て、国際医療福祉大学大学院教授を務める。心理学、教育問題、老人問題などを中心に、テレビ、雑誌などさまざまなメディアで活躍。『「脳が老化」する前に知っておきたいこと』(青春新書インテリジェンス)など、著書多数。