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データサイエンティスト「争奪戦」の虚妄…薄れる希少性、要求スキルへの誤解

文=寺尾淳/フリーライター、協力=田中健太/鶴見教育工学研究所所長
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「gettyimages」より

 いま、AI人材としてにわかに注目を集めるデータサイエンティスト。蓄積されたデータの分析と活用を行う職種で、人材の奪い合いが起きるほど注目されるDX人材である。大学でもIT専門学校でも、専門コースがどんどん開設されているが、はたして人材需要は本当に大きいのか。また、需要は今後も長く続くのか。将来、データサイエンティストになりたい志望者、転職希望者は、具体的にどんなアクションをとればなれるのか。自身もデータサイエンティストである鶴見教育工学研究所所長の田中健太氏に聞いた。

データサイエンティストとはどんな職業か

 みずほ情報総研が経済産業省委託事業として2019年3月に発表した「IT人材需給に関する調査 調査報告書」によると、2030年にはAI人材が最大で14.5万人不足するという。そのAI人材には「データサイエンティスト」も含まれる。データサイエンティストの有効求人倍率(求職者数に対する求人数)が2.77倍というデータもあり、相当な売り手市場だ。

 データサイエンティストとは、簡単にいえばデータサイエンスの専門家。業務を通じて組織内に蓄積された膨大なデータをAI技術を駆使して分析し、それをさまざまな課題の解決に結びつけるIT職種である。業務の現場に即して、データ分析による問題の発見からその解決までの一連のプロセスを取り扱えるようなスキルが必要になる。一般社団法人データサイエンティスト協会は14年にデータサイエンティストに必要な「3つのスキル領域」を次のように定めている。

(1)ビジネス力
 課題、背景を理解した上で、ビジネス課題を整理し、解決する力
(2)データサイエンス力
 情報処理、人工知能、統計学などの情報科学系の知恵を理解し、使う力
(3)データエンジニアリング力
 データサイエンスを意味のある形に使えるようにし、実装、運用できるようにする力

 同協会では3つのスキルセットが全て揃わないとデータサイエンティストはその価値をうまく生み出せないとし、レベル別に次の4段階を設定している。

(1)見習いレベルの「アシスタント」
(2)独り立ちレベルの「アソシエート」
(3)棟梁レベルの「フル」
(4)業界を代表するレベルの「シニア」

 同協会は「データサイエンティスト検定」を行っており、各レベルそれぞれには身につけるべきスキルのチェックリストがあり、ステップアップの目安としている。

データサイエンティストの人材需要

 田中氏によると、データサイエンティストという職種がクローズアップされるようになったのは2010年代のアメリカだったという。

「Google(グーグル)のチーフエコノミストが2009年、『これからの10年で最もセクシーな職業になる』と言って、話題になりました」(田中氏)

 セクシーとは魅力的なという意味。人材の奪い合いになり、スカウトの際に提示される報酬として高額な数字が飛び交うような次世代の花形職種になっているという話は、SNSを通じて日本にもリアルタイムに伝わった。

 今、AIテクノロジーの飛躍的な向上により、データサイエンティストの将来の人材不足が指摘されている。もっとも、実際の業務で通用するような高度なスキルを持つデータサイエンティストを短期間で大量に育成するのは困難という見方もあれば、データサイエンティストの需要自体がそれほど高まらないのではないかという見方もある。将来、その需要は本当に大きく伸びるのだろうか。

「一人で最新の情報科学に通じ、ビジネスの課題の理解でも、実装、運用のエンジニアリングでも、ビジネス上の問題解決でもハイレベルなスキルを持つ、まるでスーパーマンのようなデータサイエンティストを求めるのは現実的ではなく、現在は企業もスキルを細分化して考えるようになっている。当初、2010年代には一人で何でもできる人材がイメージされたようですが、そんな人はいないので、現在は全体を薄く知りつつ『3つのスキル領域』のどこか一つに強い人を集めて、チームとして課題解決に取り組めればいい、となっているようです」

 単純化していえば、アメリカが『スーパーマン』のように一人で問題を全て解決してくれるヒーローを求めるとするなら、日本は『七人の侍(Magnificent 7)』のように、各分野のエキスパートを集めてチームで問題を解決しようとする。そんな日米の文化の違いは、「アメリカではデータサイエンティストに提示される年俸は日本円換算で最低でも1000万円台だが、日本では平均年俸500万円前後」という報酬のデータとも符合する。それを田中氏は「物価の違いもありますが、働き方の違い、企業文化の違いも大きいと思いますね」と指摘する。

 日本企業では今、データサイエンティストも含めてDX人材の奪い合いが起きているが、その一方で、企業が講習会やオンライン学習により自前でデータサイエンティストを育成しようという動きも活発化している。経験者をスカウトできればそれに越したことはないが、現有の人材を長時間かけてじっくり育成しチーム化してもいい、ということだろう。なお、平均年収がたとえアメリカの半分の500万円でも、少なくとも若くしてハイレベルの報酬が約束される職種である、ということはできる。

データサイエンティストになるには

 データサイエンティストへの転職を考えている人もいるだろう。では、どうすればなれるのだろうか。政府は19年6月に「AI戦略2019」を発表し、「25年までに全ての大学・高専生がデータサイエンスの初級レベルを習得する」という目標を掲げた。その時点で情報科学系でデータサイエンスの正規課程を持つのは滋賀大学、横浜国立大学、武蔵野大学の3校だけだったが、その後、東京大学、京都大学、名古屋市立大学、立正大学など多くの大学に開設され、21年8月に文部科学省が発表したデータでは59大学が認定されていた。そうやって人材供給源が増えれば、売り手市場は緩和される。

 資格は「データサイエンティスト検定」のほか、統計分析スキルを証明する「統計検定」もある。専門学校などのプログラミングスクールの多くもデータサイエンティスト養成の専門コースに力を入れている。それらは近道なのだろうか。また、AIのプログラミング言語で現在の主流は「Python(パイソン)」だが、その習得は有利になるのだろうか。

「資格取得も、専門コースの受講も、Pythonの習得も、転職の際の決め手にはならない。むしろ、大きくものをいうのは業種、業界、業務の知識でしょう。その基盤があってデータ分析ができるデータサイエンティストは重宝されるはずです」(田中氏)

 たとえば製造業なら生産現場、小売業なら販売現場で時間をかけて得る知識は、数理やデータ分析にいくら習熟していようと、一から学ぶ道は険しい。逆に、現場経験者がデータ分析やIT知識を学ぶほうが、現場の問題解決で活躍できる人材になれる可能性が高い。「現場の業務をよく知っているIT人材は強い」という声は、頻繁に聞かれる。

 田中氏は、どんなに優秀なデータサイエンティストでも、従来の給与体系を崩して高額報酬で入社させるのは、日本企業の伝統的な風土になじまない問題もあると指摘する。そのため該当部門を別会社化したり、技術顧問に任じて対応している企業もあるという。

 では、データサイエンティストの旺盛な需要は、今後も長く続くのだろうか。

「企業社会全体をみるとITのプロフェッショナル人材に対するニーズはヤマを越えたかなという印象です。少数の人材に高度なデータ分析をやらせなくても、今いる社員がデータを意識するようになればそれでいいという傾向もみられます。『データサイエンスの民主化』という言葉があり、経済産業省も一般のビジネスパーソンのための『デジタルリテラシー標準』を定義しました。リスキリングで学んだりして誰でもデータ分析ができるようになれば、専門人材の希少性はだんだんと薄れていくでしょう」(田中氏)

「データサイエンティスト」の看板だけで、セクシーでモテる時代はいずれ過ぎ去る。「このスキルに強い」「この業務に強い」といったように差別化しないと生き残れない時代がやって来るかもしれないことは、覚悟しておくべきだろう。

(文=寺尾淳/フリーライター、協力=田中健太/鶴見教育工学研究所所長)

田中健太/データアナリスト、鶴見教育工学研究所

田中健太/データアナリスト、鶴見教育工学研究所

東京工業大学大学院 博士課程単位取得退学。ITベンダー系人材育成サービス企業で、研修開発、実施に従事。クラウド、IoT、データサイエンスなどトレンド領域で多数の教材作成、登壇。リサーチ会社でデジタルマーケティング領域のデータ分析に従事。アンケート、アクセスログ、位置情報、SNS等を組み合わせた広告効果の分析を行った。現在は、フリーランスとして教育の領域で活動。
鶴見教育工学研究所

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