宮城県大崎市の大崎市民病院で医師・看護師らに適正な金額の時間外勤務手当が支払われていなかった問題。労働基準監督署は是正勧告を行い、未払いは約10.5億円としたが、病院は約2.3億円のみを支給し、経営状況を理由に約8億円を支払わない意向を表明。8月3日付「朝日新聞」記事によれば、病院側は10億円は金額が大きすぎるため全額を支払うことはできないと説明していたという。今月に入り病院は約8億円について分割で支払っていく意向を表明したが、労基署の勧告を受けても経営状況を理由に未払いの残業代を支払わなくても済むケースがあるとすれば、事業者は従業員を“働かせ放題”にできてしまうことになる。専門家に見解を聞いた。
大崎市民病院は以前から不適切な算出方法に基づいて時間外勤務手当を支給しており、加えて時間外労働時間の過少申告も行われていたことが発覚。古川労働基準監督署は是正勧告を行い、2020年3月にさかのぼって不足分の約10.5億円額を支給することを求めた。
病院側が意図的であったのか、単にミスをしていたのかは定かではないものの、一部の手当を含めずに計算していたことが原因だというが、社会保険労務士法人ALLROUND渋谷代表の中健次氏はいう。
「1カ月あたりの時間外勤務手当は、1時間当たりの賃金×割増率×時間外勤務時間で計算し、1時間当たりの賃金は、月給÷1カ月の平均所定労働時間で計算しますが、ここでいう月給には役職手当や資格手当なども含まなければならないにもかかわらず、含めずに計算しているケースがしばしば見受けられます」
労基署が未払い分を支払わなくてよいと認めることはない?
企業などが従業員に適正な残業代を支払わないケースは多い。厚生労働省「監督指導による賃金不払残業の是正結果」によると、2023年の1年間で労基署の監督指導により残業未払い分の賃金が支給され解決した件数は2万845 件、対象労働者数は17万4809人にも上る。もし仮に企業が労基署から未払い分の支払いを指導されたとしても、経営状況の悪さを理由に支払いを免れることができるのだとすれば、従業員は泣き寝入りを強いられることになる。労基署から、未払い分の一部のみの支払いでよいと許されるケースはあるのか。
「企業による法律違反行為が認められたにもかかわらず、労基署が未払い分を支払わなくてよいと認めるということは、基本的にはないと考えられます。その一方で、経営状態の悪い企業は“ない袖は振れない”ですし、未払い分の残業代を支払ったはいいものの、それが原因で倒産して従業員が失業してしまえば元も子もないため、企業がきちんと支払う姿勢を見せている場合は、数年にわたって分割で支払うといった計画を労基署が容認することはあるかもしれません。もっとも、あくまで従業員がそれを受け入れることが大前提となってきますし、労基署も積極的に認めるというかたちにはならないでしょう。また、金額の大小などによっても対応は変わってきます」(中氏)
賃金請求権についての消滅時効期間
大崎市民病院では以前から時間外勤務手当の未払いが続いていたとみられるが、今回の労基署の勧告では、2020年3月以降分だけの不足分の支払いを求めている。つまり、それ以前の未払い分は追加で支払われない。
「現在、賃金請求権についての消滅時効期間は賃金支払期日から3年(経過措置により5年→3年)であり、2025年3月末経過後に本経過措置について再検討が行われる見込みです。つまり、労働者は残業代の未払いの事実があったとしても、3年より前のことであれば、追加で支払いを受けることは困難になるので、注意が必要です。ちなみに、すでに退職した人であっても未払い分を請求することができるため、気が付いた場合は早めに対応することが大切です」(中氏)
病院でありがちな違法事例
医師の長時間労働が社会問題となるなか、今年4月からは勤務医にも時間外労働の上限規制が適用された。年960時間・月間100時間までとなったが、これは一般労働者の年720時間を上回っており、さらに地域の医療提供体制を維持するためにやむを得ない場合は年1860時間・1カ月平均で155時間という特例が認められている。また、研修医らも特例で同じ上限時間となり、過労死ラインとされる月80時間を大きく上回る時間外労働が法律で認められている。
「会社の体制・体質にもよるので一概に業種による特定はできませんが、たとえ大きい病院であってもサービス残業や労基法違反の事例はあり得ます。また、病院特有の事例としては、宿日直の許可基準があり、事業者は許可を受けた勤務については通常勤務と同様の条件で労働者を働かせることはできませんが、医師や看護師が事実上、通常の勤務と同じ条件で働かされているというケースがあります。労働者に宿直勤務をさせる場合、事業者は労基署に許可申請をする必要がありますが、労基署に申請した内容が守られていないということになります」(中氏)
(文=Business Journal編集部、協力=中健次/社会保険労務士法人ALLROUND渋谷代表)