OpenAI離脱組が築くAI帝国:アンソロピックの企業戦略と40億ドルへの急成長

●この記事のポイント
・AI企業アンソロピックが企業向け事業で急成長、ARRが年10倍のペースで拡大
・安全性重視の企業理念と収益性を両立させる独自のガバナンス体制を構築
・「物知りのAI」から「考えるAI」への転換期で業界全体が新たなフェーズに突入
「安全性」と「利益」の両立を追求するAI企業、アンソロピック。OpenAIを離れた研究者らが設立した同社は、独自のガバナンス体制を構築しながら、企業向け事業で年10倍のペースという急成長を遂げている。
AI業界の最前線を見つめ続ける「AI新聞」編集長の湯川鶴章氏に、同社の実態と今後の展望について聞いた。
●目次
OpenAIのコア技術者が結集した技術集団
独自のガバナンス体制で「公益性」を担保
企業向け特化戦略が急成長の原動力
OpenAIのコア技術者が結集した技術集団
アンソロピックとはどのような企業なのか。湯川氏は同社の成り立ちから説明する。
「もともとOpenAIの人たちが7人抜けてアンソロピックを作ったのですが、そのメンバーというのが言語モデルの専門家のメンバーでした。OpenAIは当時ロボットをやったり、いろんなことをやっていたのですが、大規模言語モデルに脚光が浴びて、その中心メンバーがごっそり抜けたわけです」
2021年1月、OpenAIで研究担当副社長を務めていたダリオ・アモデイ氏を筆頭とする7名のコアメンバーが一斉に退職し、アンソロピックを設立した。離脱の背景には、Microsoft資本への反発に加え、モデルの巨大化を優先し安全性が後回しになったことへの危機感があった。
「言語モデルに対する技術力というのは、ひょっとすると当時だったらOpenAIより上かもしれないと言われていました。もともと優秀な技術者たちが集まった集団が抜けてアンソロピックを作ったということで、やっぱり技術力は世界一ですよね」と湯川氏は評価する。
独自のガバナンス体制で「公益性」を担保
アンソロピックの最大の特徴は、利益追求と安全性を両立させる独自の企業形態にある。
「パブリックベネフィットコーポレーションという組織の形態です。通常の株式会社は利益を追求するということですが、それプラス公益も追求する、どちらも同じくらい大切なんだという会社を作ったということです」
同社のガバナンス体制は複雑だが巧妙に設計されている。AmazonとGoogleが株式を保有しているものの、いずれも議決権のない株式で、外部株主が33%以上を保有できない規則も設けられている。
「取締役を決めるのは外部の監査組織のような団体です。段階的に今年の年末までに5人、2026年までに7人という形になっていきます。もしアンソロピックの経営陣がお金儲けの方に走りすぎたと監査組織が判断したら、それに反対するような人を送り込めるわけです」
この仕組みについて湯川氏は「経営陣が過剰に利益を追求するようになってしまった時に、誰か別の人を送り込んでもらって、もう一度人類のための会社にしたいという仕組みでできています」と説明する。
一方で、理想と現実のバランスの難しさも指摘する。
「今はまだ大規模言語モデルをもっと大きくすることで性能が上がるというスケーリング則が一部で有効なので、どんどんモデルを大きくしていかざるを得ない。自分たちの儲けた金だけでは全然足らなくて、出資を受けざるを得ない状態ですね」
企業向け特化戦略が急成長の原動力
アンソロピックのARR(年間経常収益)は、2023年の1億ドルから2024年に10億ドル、2025年7月時点で推定40~45億ドル(年換算)と驚異的な成長を遂げている。特に企業向け事業が牽引役となっている。
この急成長の背景について、湯川氏はアモデイ氏の戦略的判断を紹介する。
「アモデイさんが最近のインタビューで言っているのは、企業向けに特化しているんだということです。企業向けの方が実は儲かるということが一つと、それから企業向けをやっている方がモデルを改良した際にインセンティブが湧くんだと彼は言っています」
具体的な例として、AIの知能レベルの違いが与える影響を挙げる。
「今は学部卒の知能と博士号レベルの知能を消費者向けアプリにした時に、消費者はその違いがあまりわからない。ちょっと良くなったかなというぐらいです。ところが、学部卒の知能と博士号の知能を例えば製薬会社に持っていくとすると、製薬会社にとってはこの差というのはめちゃめちゃ大きいわけです。それで、使用料を10倍払うかというと、払うわけですよ」
技術面では、特にコーディング分野での優位性が顕著だという。
「技術的には、今はコーディングエージェントと呼ばれるプログラミングのためのAI機能が一番伸びている分野ですが、そこも今アンソロピックが一番強いのかな。エンジニアに聞くと、みんなやっぱりアンソロピック一択の状態ですね」
湯川氏は業界全体の変化についても言及する。
「この半年間くらいずっと言っていることで、業界的に一般の人には全然伝わっていないことが3つあります。その一つが今までのAIと違うフェーズに入りましたということです」
従来の「物知りのAI」から「考えるAI」への転換が始まっているという。
「今までは大規模言語モデルということで、物知りのAIモデルが広まっていました。今は考えるAIの時代になってきたので、物知りというよりも、なぜそうなるかを考えて、数学的にこういう順番で解いていきましょうみたいなことができるAIになってきました」
OpenAIが国際数学オリンピックの金メダルレベルのモデルを開発したことも、この変化を象徴している。
「考える力が一気に伸びたんですよね。そこからどんなことが起こるのかというのが一つ大きな流れかなと思います」
一方で、未来予測の困難さも強調する。
「変化が激しすぎて読めない時代になってきている。OpenAI内部の人たちも自分たちにもわからないので、複数の実験プロジェクトを同時並行で走らせて、たまたまそれがポンとうまくいったら製品を作るという形になっています」
AIの進歩は技術的特異点(シンギュラリティ)の入り口に差し掛かっている可能性があるという。
「全く未来が読めない段階に入ってきたので、シンギュラリティの入り口に差し掛かったのかなとも言えるかなと思います」
アンソロピックは2025年秋に東京オフィス開設と日本語版Claude投入を予定しており、日本市場への本格参入も控えている。理念と収益性の両立という困難な課題に挑みながら、同社がAI業界でどのような地位を築いていくのか、その動向が注目される。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯川鶴章/エクサウィザーズ・AI新聞編集長)











