“ネット障害の裏側”にいたクラウドフレアとは?見えない巨大インフラの正体

●この記事のポイント
・クラウドフレアは多くの企業が利用する高速化・防御機能を備えたネット基盤で、障害が発生すると世界中のサイトやアプリが影響を受ける重要インフラとなっている。
・クラウドフレアを支える技術の中心はCDNで、サイト表示の高速化や攻撃耐性の向上を実現する。日本でもEC、ゲーム、SaaSなど幅広い企業が依存している。
・便利な反面、一社依存は大規模障害や訴訟問題のリスクを孕む。企業はDNSやCDNを複数化するなど、クラウドフレア依存からの分散戦略が重要になりつつある。
18日に国内外で発生したネット障害は、原因の一つとして「Cloudflare(クラウドフレア)」という企業のトラブルが取り沙汰された。普段あまり名前を聞かない会社だが、実は私たちが日々使う多くのネットサービスが、この企業のインフラに依存している。
突然サイトが開かなくなったり、アプリがログインできなくなったり──こうした問題の裏には、クラウドフレアのような“インターネットの裏側を支える企業”の存在がある。ではクラウドフレアとは何者で、なぜその障害が大きな影響を及ぼすのか。本稿では、基礎となるCDNの仕組みから、訴訟問題、企業が取るべきリスク対策までを、ITジャーナリストの小平貴裕氏に解説してもらった。
●目次
まず押さえたい「CDN」とは何か
クラウドフレアを理解するには、まず「CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)」という概念を押さえる必要がある。これは、世界中に分散して置かれた「キャッシュ専用のサーバー群」のことだ。
たとえば東京のユーザーが、アメリカにあるサーバーのサイトを見るとする。距離があるため、通信の遅延がどうしても発生する。だが、東京にもキャッシュサーバーがあれば、そこにコピーされたデータを取りにいけばよい。結果として、サイトの表示が非常に速くなる。
CDNを使うメリットは大きく分けて3つ。
(1)表示速度が速くなる
ページ表示が数秒遅れるだけで、ユーザーは離脱しやすくなる。CDNはそれを防ぐ。
(2)アクセス集中に強くなる
急にアクセスが増えても、CDNが負荷を肩代わりするためサーバーが落ちにくくなる。
(3)セキュリティが強化される
ネット上には、サイトに大量のアクセスを送り付けて落とす「DDoS攻撃」という手法がある。CDNは攻撃を分散する仕組みを備えており、こうした攻撃からも守ってくれる。
今日のネット企業にとって、CDNは“インターネットの高速道路”に相当する。あって当たり前、使って当たり前の存在になっている。
クラウドフレアはネットの裏側にある巨大インフラ企業
クラウドフレアは2009年に米国で創業した比較的新しい企業だが、その存在感は“ネットの心臓部”と言ってよい。
同社の役割は単なるCDNに留まらない。現在は以下のように、ネット配信とセキュリティを一体化した総合的なインターネット基盤を提供している。
CDN(サイト高速化)
DNS(名前変換の高速化)
DDoS攻撃対策
WAF(不正アクセス遮断)
Zero Trust(社内ネットワークの安全管理)
ネットワーク最適化
特に特徴的なのは、「セキュリティと高速化が一体で機能する」点だ。多くの企業ではこれらの機能を別々の会社やサービスに頼っており、その結果、運用負担が重くなる。クラウドフレアはまとめて提供するため、運用が簡素化される。この“便利さ”が、普及を大きく後押しした。
また、無料プランから利用できる点も大きい。起業したばかりのスタートアップでもすぐに導入でき、そのまま事業が大きくなってもCloudflareを使い続ける──こうした流れが広がり、世界中に利用者が増えた。
日本でも、ECサイト、オンラインゲーム企業、SaaS企業などが多数利用している。大手企業のサービスの裏側にクラウドフレアが入っているケースも少なくない。直接名前が見えなくても、私たちは日常的にクラウドフレア経由でインターネットを利用している。
クラウドフレアが独走状態に見えるが、競合も多い。
Akamai(アカマイ):CDNの老舗で、放送局や金融機関がよく利用してきた
Fastly(ファストリー):技術者に人気で、開発者フレンドリーな設計
Amazon CloudFront(AWSのCDN):AWSユーザーが利用しやすい
Google Cloud CDN、Microsoft Azure CDN:クラウドとの連携が強い
ただし、クラウドフレアは“安価かつ高機能”という点で突出しており、スタートアップから大企業まで幅広い層に支持されている。特にSaaS企業がクラウドフレアを使うケースが増えたことで、そのSaaSを採用した企業が“間接的にクラウドフレアを使う”構造ができあがり、依存度がさらに高まっている。
なぜ日本企業はクラウドフレアに依存するのか
日本企業にとってもクラウドフレアは導入しやすい。理由は3つある。
(1)低コストで導入できる
無料〜数千円のプランで高度な防御と高速化ができる。
(2)セキュリティと高速化の両方に強い
企業は「攻撃されたらどうしよう」という不安を常に抱えている。クラウドフレアは巨大な攻撃を受けてもほとんど停止しないことで知られ、その安心感から採用が広まっている。
(3)に多数の拠点があり、海外展開しやすい
ECやゲーム、SaaSの海外ユーザーに対しても、高速な配信が可能になる。
これらが組み合わさり、日本でも多くの企業がクラウドフレアなしではビジネスが成り立たないほど依存度を高めている。
便利な一方で、クラウドフレアには構造的な弱点がある。それは、ひとつの設定ミスや障害が世界規模で影響する可能性があることだ。
クラウドフレアは「Anycast」というネットワーク技術を使っており、全世界の拠点がほぼ一体化して動いている。これは高速で強力な仕組みだが、裏を返すと「障害が広がりやすい」という課題もある。
さらに現在は、企業の社内ネットワーク管理(Zero Trust)にも広く使われている。つまりクラウドフレアが落ちると、社員がVPNに入れない、社内ツールにログインできない、営業や開発が止まる、全社的に仕事ができなくなる、といった状況が起こりうる。
実際、過去にもクラウドフレアの設定変更が原因で世界的な障害が発生したことがあり、そのたびに「インターネットは一社に依存しすぎているのでは」という議論が出てきた。
日本の出版社との訴訟…“便利さの裏側”にある別の問題
クラウドフレアを語るうえで欠かせないのが、海賊版サイトをめぐる訴訟問題だ。
集英社、小学館、講談社、KADOKAWAの日本の出版社4社が、海賊版マンガサイトがクラウドフレアのCDNを利用しているとして、同社に対し責任を問う訴訟を起こした。
論点はこうだ。
出版社側の主張:海賊版サイトがCloudflareを使うことで、コピーされたデータが世界中に高速に広がってしまう。クラウドフレアは海賊版の配信を手助けしているのではないか
クラウドフレア側の主張:あくまで「通信の道」を提供しているにすぎない。コンテンツの善悪を判断する立場にない。責任を問われるべきはサイト運営者である。
これについて東京地方裁判所は11月19日、クラウドフレアに対し計約5億円の支払いを命じる判決を言い渡した。この問題は日本だけでなく、世界中で議論となっている。クラウドフレア側は近年、海賊版サイトの遮断に協力する姿勢を見せることも増えており、法的な立ち位置をめぐる議論は続いている。
クラウドフレアが落ちたときの影響はすさまじい。では企業はどう備えればいいのか。解決策は「一社に頼りすぎない」ことだ。
(1)DNSを複数構成にする
クラウドフレアだけでなく、Amazon Route53などと組み合わせる。
(2)CDNを複数用意する
クラウドフレアに加えて、アカマイやファストリーを併用する企業も増えている。
(3)Zero Trustも“複数ルート”を確保
ZscalerやOktaなど、別のサービスと併用する。
こうした“分散戦略”は、これからの企業にとって必須の考え方になる。
クラウドフレアは、ネットの高速化と安全性を同時に提供する“便利すぎる企業”だ。その存在は、いまや世界のインターネットの大動脈に近い。
だからこそ、障害が発生すると影響は計り知れない。著作権をめぐる訴訟問題のように、便利さの影で新たな社会課題も生まれている。
企業にとっては、クラウドフレアをどう使うか以上に、“どう依存しすぎずに使うか”が問われる時代になったと言えるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=小平貴裕/ITジャーナリスト)











