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なぜITは産業成長の軸になれない?中国の田舎で日本の熟練工と同じことができる時代

文=小林敬幸

デジタル技術が世界的な価格競争を激化させる

 このように、デジタル技術は本質的にグローバリズムの進展を加速する。かつてIT産業に属する日本人ビジネスパーソンに言われたのだが、「中国の田舎の人と同じことしかできない日本人は、中国の田舎の人と同じ給料。それが、現場におけるグローバリズムの意味だ」という言葉が、今の日本人の耳には痛い。

 技術の移転が容易でグローバリズムが進めば、熟練労働者の必要性が減ってしまう。高度経済成長期の日本企業は、すりあわせ技術を含めたアナログ技術、すなわち「暗黙知」の技術をOJT(職場での実務を通じた教育)で教え込み、その教え込んだ「暗黙知」が漏出しないように年功序列型賃金と終身雇用制で熟練労働者を囲い込んだ。デジタル技術が支配するグローバルの世界では、日本企業がそうした給料が高く終身雇用を約束してしまったシニアの労働者と「同じこと」を中国の田舎の人ができてしまう。これでは、コスト競争に勝てない。

 こうして、若い工場労働者を新規採用する際には、囲い込む必要がない非正規雇用の労働者を増やしてきた。そこでは、技術の熟練の必要性が少なく、従って年功で給料が上がらないし終身雇用も約束されない。こうして若年層の経済格差が拡大していく。

 つまり、伝達が容易な「形式知」であるデジタル技術は、本質的にグローバリズムによる価格競争を激化させ、非正規雇用の労働者を増やし、所得格差を拡大させる。こうした負の面を本質的にもつデジタル技術、その技術を基礎にしたIT産業を、成長戦略の軸だと謳うことは難しい。

●高度なアナログ技術と、すりあわせ技術

 それでは、デジタル技術が進展するのを明白な前提として、日本の産業はどういう方向を目指すべきだろうか? 考察する上では、ある特定の産業分野に絞って考えるべきではない。

 一つの道は、高度なアナログ技術を使った製品を世界に提供することだ。本質的にアナログなものの代表の一つは、モノの性質=物性と、人間の心=感受性である。

 物性に関する高度技術としては、今でも日本企業が強い電子機器用部材や、ビデオデッキやカセットウォークマンで培ったメカニック(機械)に関する技術だ。自動車産業はこれらが主要な要素だから、日本企業がいまだに競争力を維持している。

 もうひとつの大きなアナログ技術の分野は、人間の感受性に訴える「おもてなし」的な、人に対するインターフェイスの分野である。かつて日本企業は、家庭用ゲーム機のソフト・ハード両面で、子供にもわかる使いやすいユーザーインターフェイスを実現して世界を席巻した。今一度、日本企業らしい「かゆいところに手の届く」人へのインターフェイスを取り入れ、スマートフォン時代に適合したネットビジネスを展開してもらいたいものである。

 以上のようにアナログ技術を磨くという道のほかに、これまでものつくりの中で活用されていたすりあわせ技術を別次元で適用する方法もありそうである。「おもてなし」として海外からも高い評価を受ける日本の「サービス」と、「ものつくり」を上手にすりあわせて融合させる。あるいは、「ネット・メディア」と「ものつくり」をすりあわせて融合させる。こうした分野で今後、日本企業の持続的な優位が構築できるのではないか。
(文=小林敬幸)

小林敬幸/『ふしぎな総合商社』著者

小林敬幸/『ふしぎな総合商社』著者

1962年生まれ。1986年東京大学法学部卒業後、2016年までの30年間、三井物産株式会社に勤務。「お台場の観覧車」、ライフネット生命保険の起業、リクルート社との資本業務提携などを担当。著書に『ビジネスをつくる仕事』(講談社現代新書)、『自分の頭で判断する技術』(角川書店)など。現在、日系大手メーカーに勤務しIoT領域における新規事業を担当。

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