アメリカと中国の対立が新たな段階を迎えている。
アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は、中国が南シナ海で人工島を建設するなど軍事拠点化する動きについて「完全に違法」「世界は中国が南シナ海を自らの海洋帝国として扱うのを認めない」と明言した。
中国はかねて「九段線」と呼ばれる境界線を基準に南シナ海の領有権を主張しており、習近平指導部は南シナ海の海洋権益を「核心的利益」と位置づけている。しかし、2016年7月にはオランダ・ハーグの仲裁裁判所が九段線について「法的根拠なし」という判決を出しており、中国の活動は国際的には違法であることが明白だった。
そんななか、中国は今年4月に新たな行政区「西沙区」「南沙区」を設置するなど、南シナ海での軍事拡張を続けており、7月には米中が同時に南シナ海で軍事演習を行う異例の展開で緊張が高まった。
一方、アメリカはこれまでもアジア安全保障会議などの場で南シナ海問題について言及し、「航行の自由」作戦などで中国を牽制してきたが、公式に否定するのは今回が初めてだ。
これにより、南シナ海の問題は米中間で「領有権に関する紛争」であるという認識に明確に変化したことになる。中国外務省は「米国が南シナ海の平和と安定を破壊している」と猛反発しており、今後は戦争状態が加速することは必至だ。
米国の対中制裁で資産凍結やドル封鎖も
中国が香港の統制を強めるために「香港国家安全維持法」を一方的に成立、施行したことで、米中対立は一段と深化している。アメリカのドナルド・トランプ大統領は貿易面などでもうけられていた香港の優遇措置を撤廃する大統領令に署名し、「香港は中国本土と同じように扱われることになる」と述べた。
また、極めつけが「香港自治法」の成立だ。これにより、まず90日以内に香港の自由や自治を侵害した個人および団体のリストが作成され、ドル資産の凍結など制裁の可否が検討される。すでに、制裁対象として中国共産党・最高指導部の韓正副首相(香港担当)らが見込まれているという。
また、特定された個人や団体と取引がある金融機関も制裁の対象となり、「米金融機関からの融資の禁止」「外貨取引の禁止」「貿易決済の禁止」などの8項目が定められている。自ずと視野に入ってくるのは、中国銀行や中国工商銀行などの巨大金融機関だ。
中国共産党や党幹部は中国銀をはじめとする4大国有銀行に口座を保有しており、口座を維持すれば国有銀行のドル決済が不可能となる。つまり、破綻に直面するわけで、このインパクトは非常に大きい。しかし、国有銀行口座の廃止は中国共産党にとっても死活問題であり、これは究極の選択といえるものになるだろう。
アメリカの銀行や国際金融システムへの影響も大きいため、初動では制裁対象を絞るかたちで行い、市場に警告を与えながら進めるものと思われるが、中国の反発次第では一気に進める可能性も否定できない。いずれにしても、アメリカ側が「いつでも金融制裁に踏み込める」という姿勢を見せることで、中国に対して大きな牽制となる。
6月には、新疆ウイグル自治区の弾圧に関与した中国当局者に資産凍結や入国禁止などの制裁を科す「ウイグル人権法」が成立している。中国外務省は「内政に乱暴に干渉している」と猛反発したが、すでに同法に基づく制裁が動きだしている。
また、5月には、中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)に対して半導体の供給網を絶つ追加制裁を発表したほか、「米国防権限法2019」により、ファーウェイをはじめとする中国のテクノロジー企業はアメリカ政府と取引をする企業や個人から排除されることが決定している。
ここにきて、トランプ政権は対中制裁のカードを一気に切ってきたが、一方の中国は有効なカードをほとんど持っていない。深まる対立は、どのような展開を見せるのだろうか。
(文=渡邉哲也/経済評論家)
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