足許の為替相場では、ドルが円などの主要通貨に対して軟調に推移している。3月21日には、ドル円の為替レートが112円台前半に下落した。これは、約3週間ぶりのドル安・円高だ。
この背景には、さまざまな要因がある。3月14、15日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会:米国の金融政策を決定する会合)では、0.25ポイントの利上げが実施された。そして、FRB(米連邦準備制度理事会)は年内に残り2回の利上げ予想を示した。これは市場予想に比べて慎重だ。欧州では、オランダ下院選挙で極右政党の自由党の議席数が伸び悩んだ。そして、ECB(欧州中央銀行)が利上げを行うのではないかとの見方も徐々に増えている。こうした動きがドル売りにつながった。
そのなかでも特に重要なことは、国際会議の場で米国が保護主義政策を重視する姿勢を貫いたことだ。それは、ドイツで開催された20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明をめぐるやり取りに表れている。G20開催前から主要先進国が重視してきた“保護主義に対抗”との文言が削除されるとの見方が広まった。実際に採択された声明にも保護主義に反対する文言は記載されなかった。そして、保護主義にはドル安が必要だ。こうした米国の“本音”が徐々に為替相場に影響を与えている。
徐々に鮮明化する米国のドル安志向
1月20日の正式就任以降、トランプ大統領の経済政策がどのように進むか、具体的な内容は示されていない。3月16日には、2018会計年度の予算教書の骨格が議会に提出された。それは、環境保護などに関する予算を削減し、国防費を増やすという内容だった。より本格的な内容の発表は5月になるとみられる。インフラ投資、減税など、従来からトランプ大統領、その側近らが重視してきた政策がどうなるか、依然、不透明だ。
そうしたなかで徐々に明らかになっているのが、トランプ政権のドル安重視姿勢だ。表向き、ムニューチン財務長官は長期のドル高は重要との考えを表明してきた。そして、その時々のドルの為替レートに応じて「ドルは強すぎる」と述べ、過度なドル高へのけん制を織り交ぜてきた。このため金融市場では、ドル円が120円に近づくと米国の政府関係者がドル高をけん制し始めるなど、さまざまな観測、憶測が出ているようだ。
米国がドル安重視をにおわせてきたなか、今回のG20は主要国が米国の重視する保護主義政策に待ったをかけることができるかを見定める重要な機会だった。保護主義とは政府が積極的に産業を保護、育成し、輸出の増加によって経済成長を目指す考えだ。実際に米国がこの政策を進めると、通貨安競争、需要の囲い込みなどを通して、各国間の貿易競争が熾烈化するだろう。その結果、世界経済は縮小均衡に向かうおそれがある。そうした展開を危惧し、G20ホスト国のドイツ、わが国などを筆頭に、主要先進国は保護主義に反対を表明してきた。
G20の共同声明で保護主義に反対するとの文言が記載されなかったことは、各国が米国の意向に押し切られたことを意味する。米国が輸出で稼ぐためには、自国通貨の減価=ドル安が重要だ。今回のG20の声明を受けて、世界の市場参加者は、米国が明確にドル安を重視し始めたとの認識を強くしたはずだ。
金融政策が後手に回るリスク
米国政府がドル安を重視し始めたことを受けて、今後のFRBの金融政策運営にも、それなりの影響が出るだろう。昨年12月の利上げの時点に比べ、雇用、物価関連の経済指標は上向いている。そのため、FRBのなかにも、年内3回以上のペースで利上げを進めることは可能と主張する者もいる。過去の利上げ局面との比較から、FRBがもう少し利上げに積極的になってもよさそうだとの見方もあるだろう。
実際、FRBは利上げをはじめとする金融引き締めに関して慎重な姿勢を維持している。その背景には、トランプ政権の経済政策の不確実性がある。要は、FRBはトランプ政権の経済政策が本当に米国経済のプラス要因になるか、始まってみないとわからないとの立場だ。
見方を変えると、この姿勢は政府が重視するドル安を支えるためには都合がよい。世界経済全体を通して、米国以上に利上げが期待できる国は見当たらない。そのため、FRBがこれまで以上に利上げに積極的な“タカ派”姿勢を示せば、ドルは円やユーロなどの主要通貨に対して上昇しやすい。ドル高が進むと、企業の収益が圧迫され、米国内での生産活動や雇用に影響が及ぶかもしれない。それは、足許の状況とは逆に、米国経済への悲観的な見方を増やすだろう。そうした展開を避けるためには、慎重な利上げ姿勢を強調し、過度にドル高観測が高まらないよう配慮が必要だろう。
当面、FRBは金融政策のスタンスに変化はないとの姿勢を維持する可能性がある。そのなかで米国の景気回復が続くと、結果的に、米国の金融政策は物価上昇に遅行し始めるだろう。そうなったときに注意が必要なのは、米国の株式市場の動向だ。米国株式市場はリーマンショック後の安値から3倍以上も上昇した。経験則に照らせば、米国の株式市場はバブルの絶頂期に差し掛かっている可能性がある。景気の回復に比べて利上げが慎重に進むとの見方が増えると、株式のバブルがさらに膨らみ、ゆくゆく、景気が不安定化するおそれもある。
ドルの為替レートの展開予想
今後の世界経済を考えた際、重要なのは早いタイミングで米国政府がインフラ投資や減税を進めることができるかだ。経済政策の具体的な内容が判明すれば、FRBは今よりも積極的に金融を引き締めるだろう。それは、米国株式のバブルを抑えるためにも必要だ。反対に、引き締めが後手に回りバブルが膨張してしまうと、その崩壊に伴い世界経済にはかなりの下押し圧力がかかる。今すぐではないにせよ、そうしたリスクシナリオが現実のものとなる可能性は排除できない。
一般的に、インフラ投資の効果は1年程度は続く可能性がある。リーマンショック後に中国が進めた4兆元(当時の邦貨換算額で60兆円程度)の景気刺激策は、09年4~6月期からGDPを押し上げ、10年1~3月期までGDP成長率は回復した。その後、中国経済の成長率は右肩下がりだ。中国に比べ、米国のインフラ投資は一巡している。大きな効果を、長期の視点で見込むのは難しい。
そうなると、減税の重要性は増す。減税は企業のフリーキャッシュフローを増やす。それが設備投資に回れば、景気回復に持続力を持たすことはできるだろう。そのためにも米国は各国と経済連携を強化し、企業が海外進出を進め収益を獲得できる環境を整備すべきだ。
トランプ氏は、グローバル化への反感を抱く有権者への支持を取り込んで大統領に当選した。閣僚には行き過ぎた保護主義を修正し、グローバル化重視の政策を目指す者もいるが、実際にそうした考えが政策に反映されるのは難しいだろう。そのため、トランプ政権下の米国経済が、息の長い回復局面に入るとは考えづらい。
この見方が正しいとすれば、徐々にドルの上値は抑えられるはずだ。1月半ば以降のドル円の為替レートは、おおむね112円~115円台半ばのレンジを形成してきた。同時に、為替レートの変化率(ボラティリティー)も低下している。今後、株式市場の下落などこれまでの期待先行で上昇した資産価格の調整が進んだ場合には、ボラティリティーの上昇を伴ったドル売りが進み、為替レートのレンジが切り下がる可能性がある。足許、トランプ大統領への支持率も低下しているだけに、ドル買いは進みづらいだろう。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)