7月30日、国が佐賀県漁業者に対して、諫早湾の潮受け堤防排水門の開門を強制しないように求めていた裁判の控訴審判決が、福岡高裁から出されました。判決は「開門強制」を命じた佐賀地裁の判決を無効とする、漁業者側の逆転敗訴でした。漁業者側は上告する方針で、諫早湾潮受け堤防排水門開閉の最終判断は最高裁に委ねられることになります。
「ギロチン」と称されるこの諫早湾の潮受け堤防排水門に対しては2010年、国に開門を命じる福岡高裁判決が確定しています。しかし、諫早湾干拓事業を推し進める国は、ギロチンの開門を阻止すべく、確定判決の無効を求めて動きました。「2013年に漁業権が消滅するなど、確定判決後、開門できない事情が生じた」として、開門を強制しないよう佐賀地裁に訴えたのです。佐賀地裁は国の訴えを退けましたが、開門阻止に固執する国は控訴して争っていました。
国が有明海の環境保全をないがしろにしていることは、1986年に諫早湾の干拓事業を強行着手したことからも明らかでしたが、有明海の浄化のためには開門強制が必要との司法判断まで、いちゃもんを付けて無効にさせようというのです。これで日本は法治国家といえるのでしょうか。
諫早湾にギロチンが落下し、全長7キロに及ぶ潮受け堤防が閉め切られたのは1997年ですが、富栄養化などの悪影響は諫早湾だけではなく、有明海全域に及んでいます。
特に甚大な被害を被っているのが、養殖ノリです。有明のノリは全国によく知られていますが、堤防が閉め切られた2年後には、有明海全域で養殖ノリの大規模な色落ち被害が出現し、以降、不作が続いています。
堤防を閉め切った結果、山からの栄養分が海に注ぎ込まなくなったばかりか、有明海の富栄養化でプランクトンが異常発生、ノリ養殖に大打撃を与えているのです。有明海の汚染が進むのに伴い、ノリの病気予防策として使用されている酸処理剤の使用量も増えています。そのため、酸処理剤により有明海の汚染に拍車がかかるという悪循環に陥っています。
早急に堤防水門を開け、酸処理剤の使用を禁止して、この悪循環を断ち切らないと、有明海は本当に死の海になってしまいます。
国産ノリ減産分を中国産・韓国産で補填
2015年3月、福岡、熊本、佐賀、長崎4県の漁業者ら約200人(のちに追加追訴約800人)は、「有明海で長年続く魚介類の不漁はノリ養殖で使われる殺菌用の酸処理剤が原因」として、酸処理剤の使用を禁止しない国に1人当たり10万円の損害賠償を求める訴訟を熊本地裁に起こしました。
ノリ養殖では、生産量や品質を上げるため、網を酸処理剤に浸し病原菌を殺菌した上で再び海に戻す作業を繰り返します。水産庁は1984年、酸処理剤の使用について「自然界で分解されやすい有機酸を使用し、余った分を海中投棄しない」との通達を出しています。
しかし、原告の漁業者側は「酸処理剤の99.9%は回収されずに海へ流出し、海底に蓄積された酸処理剤の有機物が魚介類が住めない環境を生み出し、貝類漁獲高の減少を招いた」と反発しています。
有明海(佐賀、福岡、熊本県)では、全国のノリの半分近くが生産されています。それだけに酸処理剤の使用量も多く、年間2000トンが使用されているといいます。ノリ養殖業の関係者は「酸処理剤にはクエン酸やリンゴ酸などの有機酸と塩酸、硫酸、リン酸などの無機酸がある。水産庁では無機酸の使用を禁止しているが、無機酸は有機酸より値段が安く、殺菌力も強いため無機酸を使っている業者もいる」と言っています。
「海の農薬」と言われる酸処理剤は、養殖網にアオノリなどが付着し病原体が増殖するのを防ぐ薬剤で、田んぼの除草剤のようなものです。除草剤を過剰に散布すれば、田んぼはいつしか疲弊していきます。国内最大のノリ産地・有明海が、ギロチン続行、酸処理剤使用の増加で、今、そうなりつつあります。
有明海全域でノリの色が落ちるなどの被害が大規模に起こり始めたのは、諫早湾のギロチン執行の2年後からです。繰り返しますが、ギロチン執行による海流の変化、富栄養化で、病気予防のためにノリ養殖での酸処理剤の使用量が増大するという悪循環に陥っているのが今の有明海です。酸処理剤は病原菌のみならず、海の有用微生物まで殺してしまいます。有明海の漁業関係者が、酸処理剤の使用禁止を国に求めるのも当然の成り行きです。
いずれにせよ、諫早湾ギロチンの撤廃、ノリ養殖での酸処理剤の使用を禁止にしない限り、有明海は死の海になってしまいます。国は韓国、中国からのノリ輸入割り当てを増加させて、有明海など国産ノリの減少分を補っています。しかし、韓国、中国産のノリは、淡い色を濃くするために着色料、枝条からノリをきれいに離すために流動パラフィン、味付けのために化学調味料が使われていることは業界では常識です。
安全でおいしいノリをいつまでも食べられる環境を保つためにも、諫早湾の堤防水門の開放、酸処理剤の使用禁止を早急に実施すべきです。
(文=郡司和夫/食品ジャーナリスト)