国際通貨基金(IMF)の対日審査団長を務めるラニル・サルガド氏は9日、2024年の対日経済審査終了に伴い、東京都内で時事通信のインタビューに応じた。日本政府が脱炭素化推進のため、今月15日に初回の発行を予定している世界初の「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」について、「グリーンテクノロジーやグリーン投資を促進する重要な役割を担っている」と評価した。また、1ドル=150円に迫る円安の進行に関しては「現状の円相場はファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)をおおむね反映している」と指摘した。
主なやりとりは以下の通り。
―日本経済のリスク要因は何か。能登半島地震が今年の日本経済に与える影響は。
まずは能登地震で被害を受けた方々に哀悼の意を表したい。日本経済は全体的に成長が鈍化しているが、これは23年に日本経済が非常に好調だったことを反映している。特に観光業が好調で、日本の力強い成長を支えた要因の一つだ。24年も観光業は好調に推移すると思われるが、その反動はそれほど強くはない。
被災した能登半島と周辺地域が日本の国内総生産(GDP)に占める割合は比較的小さい。主要なサプライチェーン(供給網)があるわけでもなく、日本経済全体への影響は比較的小さいと考えている。
―中東情勢の混乱について。紅海周辺の物流障害が日本経済に及ぼす影響は。
とくに紅海の航路は日本のような国にとってそれほど重要ではないが、影響を受ける可能性があるのは石油の輸送だ。少なくとも今のところ、石油市場への影響は最小限にとどまっている。日本経済に大きな影響を与えるとは考えていない。
―日銀の金融政策について。日銀は必要な額の長期国債を買い入れるイールドカーブコントロール(YCC)撤廃と、大規模金融緩和策の終了を検討中だ。市場関係者の間では、日銀が3月か4月の金融政策決定会合でマイナス金利解除に動くとの観測が浮上している。タイミングとしては早すぎるか、それとも遅すぎるか。
日銀の金融政策正常化に関する見解はIMFと日銀でほぼ一致していると思う。賃金・成長・物価の好循環を実現させて、2%のインフレ目標が達成できるという確信を持てるまで、日銀による政策金利の引き上げは非常に緩やかなものであるべきだ。IMFも(対日審査終了に伴う)声明の中で、YCCと、量的・質的金融緩和(QQE)政策からの撤退が必要だと述べたが、それが最初のステップであり、その後は短期政策金利を緩やかに引き上げるべきだと考えている。
―IMFは声明で政策金利引き上げを「日銀政策展望期間(3年間)」かけて行うよう提言した。
例えば日銀の展望リポートを見ると、通常3年間のインフレ率が示されている。IMFが日銀と議論する際には、この政策展望期間が軸となっている。基本的には、現行の金融緩和策の枠組みを撤廃し、短期金利を引き上げる局面にシフトする際は、(賃金上昇がインフレ率を上回るなどについて)大きな確信を持てるまでは非常に緩やかであるべきだ。企業や金融セクターが金利上昇に適応するための時間が必要だ。
―日銀の内田真一副総裁は8日の講演で「マイナス金利を解除しても、その後にどんどん利上げしていくような経路は考えにくい」と発言。IMFとしても、日銀は金融政策を正常化しつつ、緩和的な環境を維持すべきだと思うか。
短期的には緩和的なままであるべきだという見方に同意する。まずは、昨年よりも良い結果が期待できる春闘(での企業の賃上げ状況)を見極めたい。次に、最終的に賃金(の上昇率)がインフレ率よりも高くなることを確認する必要がある。賃金上昇は家計にとって大きな支援となる。それが本当に重要なことだ。家計はインフレに見舞われ、実質所得は減少している。IMFは実質所得がプラスになることを期待している。
―脱炭素化を進めるGXについて。日本政府が今月15日に発行を予定している世界初の「GX経済移行債」をどう評価しているか。日本政府は50年までの温室効果ガス排出量実質ゼロ達成に向け、10年間で20兆円を調達する目標を掲げている。これは実現可能な目標か。
GXは日本だけでなく、世界的に見ても非常に重要な問題だ。各国が注力しようとしており、もちろん日本もだ。IMFは日本が50年までにネット・ゼロを達成し、30年までに中間目標を達成するというコミットメントを非常に高く評価している。その意味で、GX債はグリーンテクノロジーやグリーン投資を促進する重要な役割を担っている。これはポジティブなことだ。企業がよりグリーンな技術や投資に徐々に適応していくような価格設定モデルを可能にする「カーボンプライシング」も、時間をかけて実施する必要がある。
―為替動向について。今朝、円の対米ドル相場が再び1ドル=150円に迫った。今年も不安定な相場が続くと思うか。
IMFは為替レートの予測はしていないので、一般論として答えれば、まず第一に日本の全体的な対外収支のポジションは、IMFが望ましいと考える政策とほぼ一致している。つまり、現在の円相場はファンダメンタルズをおおむね反映していると考えている。
―日本政府・日銀は為替レートの過度な変動に対して市場介入を行ってきた。IMFと日本当局の見解に違いはあるか。
日本は長い間、柔軟な為替制度にコミットしてきた。日本の歴史を見ると、過去10年間に為替介入はほとんどなかった。つまり、日本は柔軟な為替相場を堅持している。為替レートはファンダメンタルズと整合的であるべきだという信念があるからだ。最近で為替介入を実施したのは1年3カ月も前(22年10月)だ。
―日本の財政問題について。IMFは声明で24年も基礎的収支の赤字が拡大すると指摘した。日本政府は25年度の基礎的財政収支(PB)黒字化を目標に掲げているが、これは達成できるか。
目標が達成されることを願っている。IMFは日本がデフレ環境から脱却し自信を深めていると考えているが、高齢化の進展などを背景に公的債務や支出が一段と増加する見通しだ。25年度のPB黒字化に向け、当面は財政政策を引き締めることが重要だ。
―日本は財政再建と経済成長のどちらを優先すべきか。
この二つは(二者択一ではなく)矛盾しない。日本の家計には貯蓄がたくさんあるため、(今年6月に導入する)的を絞らない減税を行ったとしても、成長にはあまりプラスにならないと考えている。低所得者世帯への配慮が必要であれば、対象を限定した支援を行うべきだ。
―日本の名目GDPは23年にドイツに抜かれ4位に転落する見通しだ。
まず第一に、日本は名目GDPの変化を心配する必要はない。名目GDPは物価や為替レートの影響を受ける。だが、実質成長率を見ると、日本は非常に好調で、ドイツよりも成長率が高かった。それ以上に重要なのは、日本の成長が回復し、日本がデフレの環境から脱却しつつあるということだ。
日本は長期的には大きな課題に直面している。グリーン投資もあるが、最大の課題は高齢化の進展だ。日本の成長を押し上げるためには、日本の労働者の生産性を高める方法を考える必要がある。例えば、構造改革の多くは労働市場に焦点を当てたものだ。日本は女性や高齢者の労働参加率を高めるという点で非常に良い取り組みを進めてきたが、男女間の格差は依然として大きい。
労働市場の課題としては、イノベーションを促進することだ。デジタルトランスフォーメーション(DX)も重要だ。日本はハイテク社会だが、デジタル化という点では他の豊かな国に後れを取っている。コーポレートガバナンス(企業統治)の整備も重要で、日本の長期的な成長を支える。(了)
(記事提供元=時事通信社)
(2024/02/08-19:32)