“わがままな”俳優・綾野剛、故郷で見せた涙にみる魅力の秘密…厳しさと可愛らしさの同居
【今回の番組】
7月7日放送『情熱大陸〜綾野剛』(TBS系)
歯磨きしながらインタビューに答える人を初めて見た。
「もう何言ってるんだかわからないよ。もごもごしちゃってるし、シャカシャカうるさいからさ」と爆笑しながら自身の行動にツッコミを入れるが、どうやら彼は「昨夜は、ドラマの打ち上げで盛り上がり、全然寝てない」ということを伝えたいようだ。綾野剛はadidasのジャージ姿で机に向かって爆睡する。「駆け抜けてきた、この一年」と倒置法がばっちり決まった『情熱大陸』ならではのナレーションで番組が始まった。
とにかく仕事が忙しく、ギリギリな状況にいるということが伝わるオープニングではあった。全身黒ずくめの服にマスク。まるで悪役のような姿にぎょっとさせられたかと思えば、自身の写真集発売を記念した握手会では、当日券を大量に出すことに反対。朝早くから並ぶファンを無視するかのような、過剰なサービスを否定した。その時、スタッフに対して「(朝早くから並んで待っていたファンに対する)礼節でしょ」と説得した。こんな言葉を自分のファンに向けて使う役者を僕は知らない。何度もこの言葉を繰り返し、ナレーションに「古風なところが、この男にはある」と語らせた。
その一方、ロケバスではお弁当をニコニコ笑いながら食べ、迷い箸さえ見せてくれるのだ。厳しかったり、可愛らしかったり、まったくくるくると表情を変えて、実に面白い。また、ドラマの撮影では、スタッフに緊張を強いるほどの迫力ある演技を見せたかと思えば、「OK」の直後にスキップを披露する。「(役者としての顔を)オフります」と宣言し、カメラの前でも突然、寝始めてしまう。こんなにもつかみどころのない役者って、実にいいな、と思う。さまざまな人格やキャラクターを演じる仕事なのだから、わがままで、自由で、破天荒なほうが面白い。
少年時代を過ごした故郷をめぐる
画面の左上に残るテロップは「故郷で涙……謎の男の過去と素顔」だった。この文章の通り、カメラは綾野剛の故郷へと向かう。初日は飲み会。行きつけとおぼしき居酒屋の鮎の塩焼きを「そのままでどうぞ」とスタッフに勧める。さらに、ふと「岐阜だからね」と口にするのだが、これだけで彼が何を言わんとするかがわかってしまう。綾野剛は、ニュアンスで物事を伝えるのが実にうまい。すべてをこと細かく伝えなくても、ちょっとした仕草や表情、会話のボリューム、選ぶ単語で意味が伝わる。そんな風にして周囲の人たちと関係をつくるのが得意なのかな、と想像するが、彼がそこまで意図的なのかはわからない。でも、役者としては素晴らしいコミュニケーション能力だと思う。
今回の旅の目的は、彼が幼い頃につくったという秘密基地を探すこと。綾野剛と名乗るはるか昔、ひたすら洞窟を掘っていたという。彼は本名を明かさず、過去も多くは語らない。故郷をめぐる撮影を許可しながらも、友人が登場することもない。彼にとって『情熱大陸』で明かせるギリギリが秘密基地だったのだ。
撮影スタッフが案内されたのは、住宅地の中にある小さな崖。現在は「痕跡すらない」そうだが、若き綾野剛は、「ただ穴をあけたい」という欲求だけで行動をしていたらしい。そして1本の木の前で彼は涙を見せる。ハシゴを付け、登っていた時に使っていた釘が残っていたのだ。「十何年前ですよ、泣けるね、なんか」とサングラスを外し、カメラの前で笑う。そして、かつてここに居た、という事実を確認するかのように釘を触る。孤独だった少年時代、綾野剛はこの木に登り、洞窟を掘り、“ここではないどこか”を目指していたのだろうか。
そんな思いと決別するかのように「でも、もう抜いてあげなきゃ、木がかわいそう」と言って釘を抜く。彼はこの「誰にも邪魔されなかった場所」で、「徹底的に変わらないものって、自分の感覚だったんですね。場所じゃなくて。自分が覚えているかどうか、自分の身体が忘れてないかってことだったんですね、きっとね」と涙を流す。さらに一人になりたいと言って、カメラに離れるようお願いをした。
また新作の撮影が始まる。スタッフは、撮影現場である北海道にまで綾野剛を追いかけ、プレゼントを渡す。少年時代に何度も踏んだであろう、例の釘を瓶に入れてくれたのだ。驚き、カメラ目線で「ありがとう」と感謝を口にする。そのタイミングが妙に芝居がかってて、なんともおかしかった。さらに「食べちゃいたいな」という、こうして文章にすると不可解なコメントを発した。
しかし、今さら彼をツッコミはしない。僕は「そうこなくっちゃ」とさえ思えたのだが、別に不思議なことではない。だって綾野剛だもの。
(文=松江哲明/映画監督)
●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都生まれ。映画監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。ほかの作品に『童貞。 をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)など。また『ライブテープ』(09)は、第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門で作品賞。