近年、「食べるものに季節感がなくなった」とよくいわれますが、そういえば昔は、この季節になると鮭が出回りました。父も母も北海道生まれだったためか、筆者の家庭の食卓にはよく鮭が上りました。塩焼きが多かったですが、アラの部分が手に入ると「三平汁」にして食したものです。三平汁は北海道の郷土料理の一つで、鮭の頭と骨を軟らかくなるまでよく煮て、そこに大根、人参、じゃがいも、玉ねぎ、長ねぎなどを加えてさらに煮て酒粕と塩で調味します。とてもおいしく、体が温まる料理です。
ところが筆者は後年、本物の三平汁は鮭ではなくニシンを使った料理だということを知りました。ニシンの三平汁を札幌の寿司屋で食べたのですが、これが筆舌に尽くしがたいおいしさで父と母に食べさせてあげたかったと思いました。その寿司屋の大将は、鮭を使った三平汁は邪道で、どこでどのようにして曲げられて伝えられたのかさえ今となってはわからないと話していました。
今や鮭は一年中スーパーの売り場に並んでいるので、日本においては鮭に旬があり、それが秋であることもご存じない人が多いかもしれません。北海道では鮭のことを「秋味(あきあじ)」と呼ぶことがありますが、これは回遊してきた鮭が秋に故郷の川に戻り、それを獲ったものが市場に出回るところから名付けられたのでしょう。それに対して、量は少ないのですが初夏に獲れる鮭のことは「時不知(ときしらず)」と呼んで珍重していました。
実は、秋味よりも時不知のほうが断然おいしいといわれています。栄養価も豊富で、鮭が含んでいる貴重な成分である「オメガ3脂肪酸」系列のDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)も時不知のほうが多いといわれています。
冷凍技術の発達によって生食が可能に
回遊魚である鮭には、どうしても寄生虫のアニサキスがついてしまうので、昔は鮭を生で食べることはありませんでした。例外的に「氷頭なます(ひずなます)」にして食べることがありますが、これは氷頭、つまり氷のように透き通っている鮭の鼻先の軟骨の部分を塩でシメてから、さらに酢洗いし、再び酢に漬けてしばらく置いてから食べるという方法で寄生虫を殺していたのです。しかも、鮭の頭の部分は魚肉ほど寄生虫がつかないので、食の安全は確保されていたといえます。
氷頭の部分にはコンドロイチン硫酸という重要な栄養素の一種であるムコ多糖類が多く含まれ、これが各関節の潤滑液になります。また余分な脂質やグルコース(ブドウ糖)の吸収を抑制する働きもします。そういえば筆者の両親も氷頭なますは大好物で、新鮮な鮭のアラが手に入ると、“邪道”三平汁と共によくつくっていました。
アニサキスなどの寄生虫は、基本的に養殖の鮭にはつかないといわれているため、天然物でなければ心配は無用なのかもしれません。また、厚生労働省の指導によるとマイナス20度で24時間以上冷凍した場合、酸やアルコールを加えて保存した場合は寄生虫が死滅するため、そのような処理をした養殖物は生食できるとされています。
チリ産鮭は要注意
以前は寿司屋で鮭のにぎりを食べることは絶対にできなかったわけですが、冷凍技術の発達のおかげで今は食べることができるようになりました。とはいっても、生食ができるのは天然物ではなく確実に養殖物なので、注意をしなければいけない点が別にあります。
日本に輸入される鮭の総量のうち4割がチリ産だといわれていますが、チリにおける鮭養殖には日本がかかわっています。チリの鮭養殖は、1969年にチリの水産技術者が北海道を視察したことに端を発しています。
鮭や鱒はもともと北半球にしか生息していません。南米など、水温の高い地域での養殖は、病原菌などの感染があって不可能と考えられてきたのです。加えて、鮭の皮や粘膜に吸血寄生する「海ジラミ」という虫がいるため、やむを得ずエマメクチン安息香酸塩などの殺虫剤や、オキシテトラサイクリンといった抗生物質を大量に投与しています。
殺虫剤によってアニサキスなどについての安全は確保されていると考えられるかもしれませんが、養殖の鮭には「劣頭条虫」という特有の寄生虫もいるため、生食をするとこれを食べてしまう可能性があります。
もう一つ心配なのは、米コーネル大学の研究によると養殖の鮭には天然ものよりはるかに多くのPCB (Poly Chlorinated Biphenyl/ポリ塩化ビフェニル)をはじめとするダイオキシン類や塩素系殺虫剤などの有害物質が含まれているという報告があることです。そのためアメリカではチリ産の鮭の摂取許容量は、年間6回までという目安さえ発表されています。なぜ養殖の鮭に有害物質が含まれるのかといえば、養殖場は沿岸部にあるため、そこに畑などでまかれた農薬に含まれる化学物質が流れ込むことが原因と考えられます。その化学物質が養殖鮭、特に脂肪部分に蓄積されているのです。
こうなってくると生食はおろか、チリ産の鮭そのものが安全なのかどうか疑わざるを得ない状況です。
(文=南清貴/フードプロデューサー、一般社団法人日本オーガニックレストラン協会代表理事)