ポジティブなことは良いことだと一般に信じられているようで、「常にポジティブであれ」と言われる。だが、どの職場でも、ポジティブすぎる部下に手を焼く管理職が少なくない。ポジティブであることは、ほんとうにそんなに良いことなのだろうか。
ポジティブすぎる部下に手を焼く人たち
ポジティブに物事を受け止めることの効用はいろいろある。だが、このところポジティブすぎる人がやたらと目につく。多くの職場で、ポジティブすぎる部下に手を焼く管理職の嘆きの声を聞く。
ある管理職は、ミスの多い部下にお手上げ状態だという。
「注意力が足りないというか、うっかりしたミスが多いんですよ。前も同じようなミスをしてるんだから、もうちょっと慎重になってほしいのに、慎重さがない。あっけらかんとしていて、ミスをしても気にしてないのかなと思ってしまう。不思議ですね、ああいう人間は。ミスをするとすぐに落ち込む人も困るけど、まったく気にしない人も手に負えませんわ」
無神経な部下がいて、しょっちゅう取引先の担当者の機嫌を損ねるようなことをしたり言ったりするので、ほんとうに困ると嘆く管理職もいる。
「つい先日も、取引先の担当者から苦情の電話があって、どういうことかと思ったら、先方から頼まれていたことを部下がしょっちゅう忘れるので、ついに堪忍袋の緒が切れたという感じで、ひたすら謝罪して何とか取りなしたんです。尻ぬぐいばかりですよ。そして、本人に注意したんです。返事はいいんですけど、こっちの言葉が染み込まない感じで、どうも事態を深刻に受け止めてる様子がないんですよ。申し訳なさが伝わってこないっていうか。まあ、本人はいたってポジティブなんですけど、またやらかすんじゃないかって、こっちは不安でたまりません」
しっかり準備するように言い聞かせているのに、いつも準備不足で失敗する部下の扱いに頭を悩ましているという管理職もいる。
「何をやらせても、いつも準備不足なんですよ。それで、ちゃんと準備はできてるかと事前に何度も確認するんですけど、『大丈夫です』って自信たっぷりに答える。それを信じて何度も痛い目に遭ってるんです。でも、彼のことを別の部署の人間に嘆くと、『彼はいつもポジティブで頼もしいじゃないか。あまり神経質にならないほうがいいよ。ああいうのびのびした部下がいて羨ましいよ』といって、こっちの気持ちをまったくわかってもらえない。ポジティブであればいいってもんじゃないですよね」
私自身も、大学でポジティブすぎる学生に手を焼くことが多い。何の根拠もなく「大丈夫です」と言い、不安がまったくない。むしろ不安の強い学生のほうが、目の前の課題を着実にこなしていく。
そこで、私は、何かにつけて「ポジティブであれ」とする風潮を「ポジティブ信仰」と名づけ、警鐘を鳴らしている。
不安の強い部下のほうが頼りになる
一般に、不安が強いというと、悪いことのように受け止められがちである。だが、もともと不安というのは危険を回避するための心のシグナルのような役割をもっている。動物の世界をみても、不安があるからこそ天敵などの危険から身を守ることができるのである。不安がなく、呑気にしていたら、すぐに天敵にやられてしまう。
そのような不安の効用は、ビジネスの世界にもあてはまる。ある管理職は、不安のない部下に対して、はじめのうちは頼もしく思っていたが、何度も痛い目にあって、疑問を抱くようになったという。
「非常にポジティブで、頼もしく思ってたんですよ。でも、実際に仕事ぶりをよく見ていると、すごくいい加減なんですよ。本人は適当にやっているつもりはないようなんですけど、荒いんですよ。きめ細かさがなくて、いつも詰めが甘いんです。そこを注意して改善を促してるんですけど、なかなか変わってくれなくて……。ポジティブな人っていうのはけっこう厄介だなあと痛感しています」
別の管理職は、仕事をきちんとこなし、頼りになる部下がいるのだが、どんなに成果を出しても不安が強くて、もっと自信を持ってもいいのにと思うのに、なかなか不安を払拭できないみたいで、なんであんなに不安なのか不思議で仕方ないという。
「当初は、不安げな雰囲気を見て、なんか頼りないなあって思ったんですけど、意外なことに仕事がよくできるんですよ。たいてい完成度の高い仕事をしてくれる。それなのに不安げな様子は一向に変わらないし、何かにつけて相談に来るんですよ。あれは性格なんですかね」
このような事例はけっして珍しいことではない。だれもが思い当たる人物を思い浮かべることができるのではないか。
ここから考えられるのは、不安の強さがモチベーションの高さや仕事の着実さにつながっているのではないか、ということだ。
じつは、そのことは、心理学の研究によって実証されているのである。
ポジティブになれないからこそ、うまくいく
不安がない部下に、仕事が粗くて、いくら注意してもこっちの言葉が染み込まないタイプがいて、手を焼くことが多い。逆に、不安が強い部下に、仕事がていねいで、着実に進めていくタイプがいて、非常に頼りになる。そうした印象をもつ管理職が結構いる。
そうした印象には、心理学的な裏づけがあることがわかっている。このような心理をうまく説明してくれるのが、防衛的悲観主義という考え方である。
防衛的悲観主義というのは、これまで実績があるにもかかわらず、この先のパフォーマンスに対してはネガティブな期待をもつ心理傾向のことである。このような心理傾向をもつ人は、仕事をきちんとこなしたり、ノルマを達成するなどして、周囲から肯定的な評価を得ているのに、常に「今度はうまくいかないかもしれない」「失敗したらどうしよう」といった不安に苛まれている。
だが、実際には、このような心理傾向をもつ人は、成功に最も近い位置にいる。防衛的悲観主義者が成績が良いことは、心理学の多くの研究によって実証されている。
悲観的だからこそ慎重になる。用意周到に準備する。何とかうまくやらないとと必死になる。起こりうるあらゆる可能性を想定し、そのときの対処法を検討する。つまり、この先の結果に対して不安が強く、楽観的になれないことが、成績の良さにつながっているのである。
ネガティブだからうまくいく。いくら成果を出してもポジティブになりきれないため、うまくいく。その背景には、そうした心理メカニズムが関係しているのである。逆に、似たようなミスを繰り返す人物や、準備不足で失敗する人物は、楽観的すぎて慎重さが足りないのだ。
ここから言えるのは、あまりポジティブになりすぎるのは危険だということ。一般に仕事のできる人はポジティブで不安がないと思われがちだが、じつは逆だということ。仕事のできない人のほうが不安が少ない。物事を深く考えないから不安にならず、楽観的でいられる。その結果、準備不足のせいで失敗したりする。ものごとを深く受け止めないため、経験から学ぶことができず、似たような失敗を繰り返す。
ポジティブ信仰が世の中に広まっているが、そのせいで仕事力が高まらない人が意外に多いのではないか。仕事力の向上のためにも、「不安だからうまくいく」「できる人ほど不安が強い」ということを忘れないようにしたい。
(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)