11月に入り、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の国内での1日当たりの感染者が1000人を超える日もでてきた。空気が乾燥し呼吸器疾患が増える冬に向け、さらなる感染拡大が懸念される。
ダイヤモンドプリンセス号で新型コロナの集団感染が起きた今年2月から今日まで、感染症専門家としての見解を発信し続ける神戸大学感染症内科の岩田健太郎教授に、新型コロナ収束のシナリオについて聞いた。
「完全に国内、地域内の新型コロナを抑えつけての経済活動再開というのは、中国が典型例です。日本でも封じ込めをすることは可能です。これは人間の意志の問題で、能力の問題ではありません。しかし、今の日本政府はやりたがらないでしょう」(岩田氏)
日本では4月に緊急事態宣言が発動されたが、完全にウイルスを封じ込めることはできなかった。一方で緊急事態宣言により経済が受けた打撃は大きく、今後、再び感染が拡大しても日本が封じ込め策を講じることは難しいだろう。
中国ではスマートフォンやダブレットを活用し、国民個人の健康状態や行動等の情報を得ることが封じ込めに有益だったというが、日本でも同様の対策を国が進めることはできないのだろうか。
「僕はあまり国に期待していません。国がこうするべきだとか、国にこうしてほしいという考えを持ちません。日本の官僚や政治家のレベルでは、こんなもんだとしか思わないんです。むしろ、自分にできることを一生懸命にやるしかないという感じです。
日本の政治家は、未来像をきちんと描けていないのが問題。このまま新型コロナ問題を放置しておくと、3年、5年、10年後にどうなるのかということを予測できず、今だけ満足できればいいという、非常に幼い考えだといえます」(同)
コロナとの共存
未来にもコロナの収束は難しいということだろうか。
「何をもって収束というのかですが、2009年の新型インフルエンザは現在も季節性インフルエンザとしてサーキュレイト(循環)しているので、収束はしていません。しかし、我々の考えから取り除かれれば、収束したとも言えるわけです。
自粛と緩和を繰り返しながら、そこそこ不自由で、それなりに自由な生活を続けていくやり方です。集団免疫ができるのかすら不明確ななかで、この戦略は最低でも何年も続く方法です」(同)
これに関しては、現在までの日本が典型例である。確かに感染者数が増加すれば自粛、減少すれば緩和といった動きを繰り返している日本だが、各人によって新型コロナの感染拡大に関する理解や危機管理についての認識のギャップが問題であり、そのギャップを埋めるべきではないのだろうか。
「認識のギャップを埋める必要はないと思います。人の認識は自由なので、さまざまな認識があって当然だと思います。たとえば、アメリカの大統領選挙でいえば、僕はトランプ現大統領をデタラメな人だと思っていますが、彼を立派な人だと思っている人もそれなりの数います。個人の主観は人それぞれで、状況の認識もさまざま。また、さまざまな状況に人間は慣れることができて、慣れれば『そんなもんだ』と思うことができます。
たとえば、第二次世界大戦のときも空襲などで多くの人が亡くなったり、戦争に負けてひもじい思いをしたなどさまざまだと思いますが、そういった大変なことでも日常になってしまえば受け入れることができるわけです」(同)
渦中にいる人にとっては、その状況に慣れてしまうことが生きる術であり、慣れることが楽になることなのだろう。
「今日まで新型コロナの感染によって、日本では約1800人の方が亡くなっています。2000人を超えることは、まず間違いないです。その2000人の死亡者数を『大したことない』と嘯くこともできるし、『すごく大変なことだ』と考えることもできます。しかし、『コロナはただの風邪だ』と言っている以上、コロナが収束することはないので、ずっとコロナの問題と向き合うことになるわけですから、その覚悟を決めておく必要があります。ブラック企業に何十年も働く人がいるように、『そういうものだ』と思えば耐えることができます。一方で、そういうものから抜け出したいと思う人だけが乗り越えられるわけです」(同)
集団免疫は非現実的
コロナ禍にあって多くの専門家や医師がYouTubeやSNSで、すでに集団免疫がついているといった発信をしており、集団免疫については諸説あるが、その真偽はどう判断すべきか。
「集団免疫については、諸説なんかありません。専門家の間では、集団免疫はなかなかつかないということがわかっています。素人のヨタ話は説として受け入れる必要はないと思います。YouTubeやネットで発信される情報は、取るに足らないような暴論がほとんどです」(同)
しかし、医師が発信する情報については信頼性が高いと判断される傾向にあり、受け取る側にも冷静な判断が必要なようだ。
「医師でも感染症について詳しくない人が圧倒的に多いです。100人医師がいても、99人は新型コロナについてほとんど理解していないような状況です。感染症の専門家といっても、HIVに詳しい、肺炎球菌に詳しい、というように『分業』した専門家も多いのです。感染症の専門家のなかでも、新型コロナを十分に理解している人は少数だと思います」(同)
シングルアンサーでは収束しない
長引くコロナ禍を生きるため、「ニューノーマル」という言葉に乗せ、さまざまなルールやサービスが誕生している。そのなかでも『PCR検査』の陰性結果を指標にしているケースが見受けられる。たとえば、JAL(日本航空)は医療機関と提携し、旅行前にPCR検査を受けられるサービスを開始している。またGO TOトラベルキャンペーンの実施を受け、PCR検査付きの旅行企画なども見受けられる。しかしながら「PCR検査陰性は非感染証明ではない」ことを忘れてはいけない。
「Jリーグでは選手のコロナ集団感染により、ルヴァン杯決勝の開催を中止しましたが、これまでも2週間に1回、定期的にPCR検査を行っていて、選手たちの結果は陰性でした。これは、PCR検査をしていても感染は防げなかったということを意味しています。論より証拠であり、机上の空論で『PCR検査を定期的に行えば大丈夫』というようなことは、まったくないということを見事に教えてくれるわけです」(同)
事実を直視することが大切であり、PCR検査に個人の欲望を託すような考えでは感染拡大は防ぐことができない。
「PCR検査にすがっている人は宗教みたいなもので、どんなファクトを突きつけても受け入れない。しかし、PCR検査がすべて無意味ということではなく、状況に応じて正しい判断が必要。新型コロナに関して、これをやれば大丈夫といったシングルアンサーでは収束させることができないでしょう」(同)
日々変化する感染状況を的確に判断する役割は、国が担うべきなのだろうか。
「コロナの問題は、リーダーに委ねてはダメだと思います。我々は大人なわけですから誰かを当てにせず、一人ひとりが自身で考えることが大切だと思います」(同)
ゲームチェンジャーは出現するのか
世界が期待するのは、ゲームチェンジャーとなるワクチンの出現だ。
「抜群に効くワクチンの開発製造に成功すれば、コロナが一掃される最高のシナリオとなるでしょう。しかし、現段階での見通しは不透明です」(同)
本来、ワクチン製造には10年程の時間を要するのが一般的で、そんななか急ピッチで各国がワクチン開発に力を注ぐが、いまだ成功に至っていない。
「ほぼすべての製薬会社がワクチン開発に取り組んでいます。医薬品の開発は時間がかかるものではありますが、運のようなものもあります。現在、第三相試験まで進んでいるものもありますが、蓋を開けてみて本当にいいものかというのが、まだわからない状況です」(同)
ワクチン開発に期待したいが、実用化がいつになるかは予想がつかない。まだ当分の間、新型コロナと共存する生活は続くことになるが、誤った情報に躍らされることなく、「マスク、手指消毒、3密回避」を続けることが確実な感染予防であることを改めて認識してほしい。
「今後のシナリオの選択は、ウイルスの側ではなく人間サイドに委ねられています。決めるのは皆さんであり、私たちです」(同)
11月に入っての感染者数の増加は、我々の行動が招いた結果であることを今一度考え、冬に向けて感染防止対策を強化すべく、岩田教授の言葉を多くの人で共有したい。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)