「蛇が出そうで蚊も出ぬ」――。「要らぬ取り越し苦労はするな」と戒めることわざだ。
夏場の屋外の犯罪現場は、蚊がよく飛んでいるので、犯人の血液を吸っている可能性がある。蚊が犯罪現場の犯人の血液を吸い、その血液のDNA型から身元が割れたらどうだろうか。
名古屋大学大学院医学系研究科の石井晃教授らの研究チームは、夏場の屋外の犯罪現場、たとえば森林の遺体遺棄現場で「蚊」が吸血した血液のDNA型を鑑定すれば、「犯人や被害者を特定でき」「犯罪現場にいた時間も推定できる」とする研究成果を科学雑誌「PLOS ONE」(6月15日号/Public Library of Science社)に発表した。
しかし、大きな難関が研究チームの前に立ちはだかっていた。「蚊の素性」だ。研究に使えるのは、人間の血液を吸ったことがなく、細菌などの感染歴がない蚊に限られる。しかも、蚊は吸血後、約72時間で血液をすべて消化し、卵巣を成熟させる習性がある。時間との勝負でもあった。
蚊が吸った血液のDNA型から個人や犯行時間を特定できる
研究チームは、殺虫剤を開発するために無菌に近い状態で蚊を飼育している大日本除虫菊中央研究所の協力を得て、飼育された蚊(アカイエカとヒトスジシマカ)を入手。蚊に7人の被験者の血液を吸わせ、血液を吸った蚊から1時間、2時間、3時間~72時間後まで12段階の時間差で血液を採取し、DNA型を詳しく解析した。
その結果、「個人を識別するDNA型の判定は、吸血から48時間後まで可能」で、血液の変化を逆算すると、「蚊が犯人の血液を吸った時刻も12時間単位で推定」できた。つまり、犯人を特定できるだけでなく、犯人が現場にいた時刻を半日単位で推定できる事実を確認できたのだ。
研究チームは「今後は実験の件数を増やし、精度を上げたい。血液消化をさらに遅らせるDNA識別法を使えば、48時間以上経過しても個人識別が可能だ。犯人の特定だけにとどまらず、犯人に対して『犯罪現場では蚊に刺されてはいけない!』というDNA鑑定への警戒心を感じさせることから、犯罪抑止効果も生まれる」と説明する。