女子の貞節
明治維新後も、1947年に廃止されるまで、夫の姦通の罪は問わず妻の姦通のみを罰する姦通罪がわが国にはあったが、それでも人妻の不倫がなかったわけではない。2014年のNHKの連続テレビ小説『花子とアン』で、仲間由紀恵さんが演じた葉山蓮子のモデルになった歌人の柳原白蓮は、その典型だろう。あのドラマで、吉田鋼太郎さんが演じた九州の石炭王、嘉納伝助はコキュである。
姦通罪があった時代でも不倫する人妻がいたからか、明治時代の作家、斎藤緑雨は、「女子の貞節は、貧の盗みに同じ。境遇の強ふるに由る」と述べている。女性が貞節を守るのは好きこのんでではなく、仕方なくだと主張したわけで、女性の貞節をあまり信頼していなかったのかもしれない。
似たようなことを17世紀のフランスの名門貴族、ラ・ロシュフコーも言っている。
「女の貞節は、多くの場合、自分の名声と平穏への愛着である」
「貞淑であることに飽き飽きしていない貞淑な女は稀である」
コキュ小説に期待
2人とも毒舌で知られているだけに、女性にとっては耳が痛い。ただ、既婚の女性有名人の不倫報道が相次ぐ現状を見ると、実は的を射ているのではないかと思わずにはいられない。矢口真里さん、中山美穂さん、上原多香子さん、斉藤由貴さん、そして今回の山尾志桜里さん。
いずれの女性も美しく魅力的で、年齢よりも若く見えるので、周囲の男性が放っておかないだろう。そのうえ経済力があるので、不倫が発覚して夫に捨てられても、生活には困らない。だから、「境遇の強ふる」状況ではなく、貞節を必ずしも守らなくてもいいからこそ、不倫に走るのかもしれない。
経済力のある女性が増えているし、女性の社会進出に伴って夫以外の男性との出会いもますます増えるだろう。当然、不倫も、コキュも増えるはずだ。そうなれば、コキュの葛藤を描いたコキュ小説が生まれるかもしれない。優れたコキュ小説の書き手の出現に期待する次第である。
(文=片田珠美/精神科医)
【参考文献】
氏家幹人『不義密通―禁じられた恋の江戸 』洋泉社MC新書、 2007年
斎藤緑雨『緑雨警語』中野三敏編、冨山房百科文庫、1991年
ラ・ロシュフコー『ラ・ロシュフコー箴言集』二宮フサ訳、岩波文庫、1989年