嫌なことがあった次の日の朝は、なんとなく気分が乗らない。逆に楽しいことがあった次の日は、元気に仕事ができる。ごくごく当たり前のことですが、「記憶」と紐づけて考えると、実はこれには科学的な根拠があります。そして、この原理を応用すれば、日々をポジティブに過ごせるのです。
この原理を単純に言うと、ネガティブな記憶を思い起こせばストレス値が上がり、ポジティブな記憶を思い起こせばストレス値が下がるということです。ですから、嫌なことがあった次の日は、嫌なことを思い出しがちだからしょんぼりとなって、良いことがあった次の日は、良いことを思い出しがちだから心おだやかに過ごせるというわけです。
では、その根拠となる実験を紹介します。
コルチゾール値
ケンブリッジ大学のアスケルンドらの研究ですが、427人の被験者を対象に、ネガティブな記憶とポジティブな記憶をそれぞれ合図とともに思い出してもらい、1分後にその反応を調べるという実験をポジティブとネガティブな記憶で6回ずつ行いました。
結果、ポジティブな記憶を思い出すことは、ストレスによって引き起こされたコルチゾール値の上昇を減退させて、気分を改善させることがわかりました。
コルチゾールはストレス値が上がるとそれを抑えるために分泌されるホルモンです。一般的に、起床後20~30分後にコルチゾール値は高くなります。なぜかというと、人は寝ている間に体を休めています。いわば、「エンジン」が停止している状態です。そして、朝起きると、少し多めに負荷(≒ストレス)を与えることで、その休んでいる体、つまりエンジンを始動させるわけです。ですから、朝にコルチゾールの分泌量が増えるのです。そして、アスケルンドらは、この高めになっている朝のコルチゾール値を中心に記憶との関係を調べたのです。
アスケルンドらの実験では、良い記憶を回想するだけで、朝に増大するコルチゾール値や1年の間に気分が上がらないときの自己否定感を減少させることがわかりました。さらに、1年間に経験するさまざまなネガティブな出来事への反応として生じる自己否定感の回数を減らすことがわかったのです。
朝のスタートは気分良くしたいもの。だとしたら、過去の成功体験や楽しかったことを思い出しながら通勤などをすればいいのです。できれば、その作業を毎朝のルーティンにしてしまえば継続的に実行することができます。
思い出すのは良い記憶だけ
ただ、思い出に浸りすぎるのも良くないようです。理化学研究所の木村らの研究は、アルツハイマー病は、特定のタンパク質が脳の記憶を司る部分に蓄積することで、認知障害を引き起こすのですが、過去の記憶を思い出す頻度が増えると、そのタンパク質がたまりやすくなるということを実験でつきとめました。高齢になると新しいことを学ばず、記憶の蓄積を中心に行動するようになるので、高齢者が記憶障害などを発生しやすくなるというわけです。ですから、新しいことを学んでいくことが大事なようです。
「諦めは心の養生」などと言いますが、悪い記憶の回想は、うつ状態のきっかけになったりするといわれています。過去にとらわれない未来志向の人が元気で、はつらつとして見えるのは、どうやら気のせいではなく、科学的にも根拠があることのようです。
ネガティブな過去にとらわれず、前を向いて歩いていく。思い出すのは良い記憶だけ。そして、貪欲に新しいものを学んでいく。そういう心の持ち方でこのストレスフルな社会をはつらつと生き抜きましょう!
(文=堀田秀吾/明治大学法学部教授)
参考文献
Askelund, A.J., Schweizer S., Goodyer, I.M. & van Harmelen, A.L. Positive memory specificity reduces adolescent vulnerability to depression. (2019). Nature Human Behaviour. 14 Jan 2019.
Kimura T., Yamashita S., Nakao S., Park J. M., Murayama M., Mizoroki T., et al. (2008). GSK-3beta is required for memory reconsolidation in adult brain. PLoS ONE, 3: e3540.