元タレントでユーチューバーの木下優樹菜が、ADHD(注意欠如・多動症)であることを自身のYouTubeで告白したところ、話題になっている。勇気ある告白であるとして応援するファンがいる一方で、「ADHDをバカにしている」といった厳しい声も上がっている。動画内でADHDに関して説明している内容は、誤解を招くような表現もあるのは確かだ。近年、大人のADHDが注目されているが、正しく理解している人は少ないのが現状だろう。千葉市らいむらクリニック院長、來村昌紀医師に聞いた。
「ADHDは、『Attenuation Deficit(注意欠損)』と『 Hyperactivity Disorder(多動性障害)』という2つの障害の頭文字から成る名前です。ADは注意欠損によって継続して物事に取り組むことができないといった傾向にあり、HDは多動性障害であり、じっとしていることが困難です」(來村昌紀医師)
子供であれば授業中に席を立って動き回るなど、一般に<ADHD=落ち着きがない>といったイメージを持たれるが、大人のADHDの場合、その症状は非常に複雑である。
「大人のADHDでは、対人関係に問題が生じたり、仕事が上手くいかないなどネガティブなエピソードが多くなる傾向にあります。しかし、ADHDと気づかずに心を病んでしまうケースも少なくない現状にあり、正しく理解することが大切です」(同)
最近では、インターネット上でADHDのチェックリストなどを目にするが、セルフチェックで判断することは難しいという。
「ADHDの診断は、精神科の専門医による問診と画像診断が行われます。問診には『DSM−5』という診断基準があり、それに沿って丁寧に問診を行います。また、その原因が脳の器質的な疾患による可能性を否定するためにMRIなどで画像診断を行い、確かめます。ADHDの中には、アスペルガーなど他の発達障害と重なっている場合もあり、さらに複雑となり、経験値のある精神科医による診断が必要です」(同)
画像診断の進化
従来のMRIは、感染や炎症、血管障害などの原因で脳細胞が破壊、変化を受けた結果、症状として現れる器質的疾患を調べることができる。ADHDでは脳の器質的異常はなく、MRIで器質的異常がないことを確認する。さらに、最近では、機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging/fMRI)や脳波を測定する定量的脳波検査(QEEG検査)がADHDの診断に用いられる。
「fMRIや脳波検査によって脳の機能を知ることができます。脳のどの部分の機能が低いか、逆に機能が高いかということをピンポイントで知ることができます。ADHDの人の場合、標準よりも機能が低下している部分があったり、大きく機能が高い部分があったりします。しかし、そういった検査の結果がすべてではなく、問診を含め全体的な評価が必要となります」(同)
木下の動画でも画像を見せて、自身の脳の状態について「混線した状態」と表現している。木下のように大人になってADHDと診断された患者では、それまでは周囲の理解やサポートがあったために支障なく生活できていたというケースも多い。ADHDは、周りの理解やサポートがあれば、その生きにくさは緩和される。
木下の場合、“タピオカ事件”以来、さまざまなトラブルが重なり、生きにくさを感じたことなどから受診に至ったと推測するが、ADHDであることが明らかになったのであれば、これからをどう生きるかが重要である。
ADHDと診断されたら
木下の動画に対して一部の視聴者から「ADHDを盾にしている」という感想があったようだが、そういったコメントは、ADHDの人を追い詰めてしまう危険があることを多くの人に理解してほしい。
「ADHDの人は、身を置く環境によって、生きやすくも生きにくくもなります。ADHDでは、時間の管理ができない、整理整頓ができない、同じことを長時間継続できないなどの傾向が強く、ルールで管理された仕事に就くことは、上手くいかないことが多くなると思います。一方で、好きなことにはとことん夢中になったり、次から次へと新しいことにトライするという行動が、芸能人のような変化のある仕事に就く人にとっては、功を奏する場合もあります」(同)
ADHDと診断された場合、現在では薬物治療、行動認知療法、心理教育などによって“生きやすい環境”をつくることが重要だ。木下の動画が炎上したのは、「ADHDだから、数々のトラブルを起こしたのも仕方ない」といった態度にも見え、視聴者が違和感を覚えたことが原因だろう。とはいえ、実際にADHDによって人間関係などに深刻な悩みを抱える人も大勢いる。木下もその一人であり、対人関係にトラブルを抱えやすいという側面はあるのかもしれない。また、そんな苦悩をうまく周囲に伝えることができなかった可能性もある。
「ADHDについては、まだまだ一般に広く理解されているとはいえないのが現状だと思います。自分は一生懸命やっているのに生きづらさを感じる、トラブルを抱えやすいという人は、一人で悩まずに精神科専門医を受診することをお勧めします」(同)
10人に1人が発達障害ともいわれる近年、ADHDも個性と捉え、サポートできる社会づくりが求められるのではないだろうか。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)