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野村直之「AIなんか怖くない!」

図らずもテレワーク普及で企業のデジタルトランスフォーメーションが一気に推進

文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員
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「Getty Images」より

 前回(第5回)記事『 GAFA、AI独占の脅威…心臓部=超高速ハードウェアの独占の可能性』の後、NVIDIA社が、AI性能を20倍にしたNVIDIA A100というGPUを出しました。A100を8枚搭載した新しい小型スーパーコンは、2100万円で5PFlopsと、あの「京」の半分の性能です。ハードウェアを全世界に販売、供給してくれることで、グーグルらのハードウェア独占への楔の役割を果たしてくれ続けていることは歓迎したいと思います。

Covid-19がDX=デジタルトランスフォーメーションを推進

 さて、新型コロナウイルスは、企業活動のデジタル化(いわゆるDX=デジタルトランスフォーメーション)を急加速しています。急加速というより背中押し、いや、そんな生易しいものではないですね。少々お下品な表現ですが、お尻を思いきり蹴飛ばされて、無理やり走らされているかのごとくです。大部屋でコミュニケーションがよくとれているという幻想が打破された企業は、もはやコロナ以前には後戻りできないのではないでしょうか?

 次のノート記事にも書きましたように、山本五十六流の「やってみせ」を文字通り守って動画をリアルタイムで作り、時空の壁を超えて数千人、数万人にお手本を見せられるようになりました。トチリも入れちゃってオッケー! むしろそのほうがわかりやすいです。でも、そのような本音駄々漏れで凄さを見せつけられるリーダーがどれだけいるか。大学の授業なんかもコーセラなどで全世界で比較されるようになりました。

 さまざまなサイズの組織体、行政区分、コミュニティで、リーダーの有能、無能が如実に知れ渡り、優れた人を選ばねば、皆が不幸に、貧乏になることをわからせてくれた効果も、コロナ禍の不幸中の幸いだったといえるかもしれません。

テレワーク鬱の実態把握や社員のモチベーション向上の施策が必須に

 オンライン会議インフラのZoomが昨年の1000万ユーザーから数億ユーザーまで急成長したのも、パンデミックの賜物です。緊急事態宣言ともあらば、企業としても、それが可能な社員を原則在宅勤務とするしかありません。それまで、会社ノートPCのUSB端子を使用不能にし、原則持ち出し禁止にするくらい情報漏洩対策に厳しくしていた企業も、緊急事態ゆえ、妥協してセキュリティ緩めたところが多いはず。

 具体的には、同棲相手などの非公式(未届け)の同居人の存在が文字通りカメラに映って見えてしまったり、機密書類の題名を子供に読み上げられて「お父さん、これどういう意味?」と聞かれちゃったりなどの悲喜こもごものお話がツイッターでいくつか報告されています。猫の乱入をはじめとする楽しいエピソードも多数見られました。

 日経ARIAに取材を受けた記事では、2ページ目(すみません有料です)のタイトルが、「Zoom会議で家庭内に情報漏洩の恐れ」となっています。上記のような洒落ならよいですが、微妙に競合会社や、競合会社に親友が勤めている同居人が、チラ見した機密資料の個人情報を漏らしてしまう確率はゼロではありません。

 しからば、AIで個人情報を自動的に匿名化しておけばよいじゃないかということで、このページへの引き合いが増えています。マスター文書は、在宅アクセスできないストレージに保存し、テレワーク用の保存先には匿名化した文書を保存しておく、という2カ所保存原則(だいぶ前からワープロの「一太郎」はそれが標準でした)を当たり前にするなどの運用で、特別なシステムを組むことなく、人工知能API(AIプログラム部品)の導入だけでいけちゃいそうです。

 テレワーク鬱の兆候を感情解析APIで検出したり、テキスト分析AIを道具にモチベーション向上のヒントをつかんだりしたいという企業も複数いらっしゃいます。心理学や精神医学による研究が間に合わないほど現実が速く進んでしまうなら、ビッグデータをそのまま扱えるAIの出番です。

「AI学習データ作りはつらいよ」から、真の「機械学習天国」へ!

『「AI学習データ作りはつらいよ」、三菱UFJや旭硝子らが議論 』という「日経XTECH」の記事があります。これは、メタデータ社が主催した、『最強のAI活用術』出版記念セミナーの最後を飾るパネル討論を日経BPの田中記者が取材したものです。実際、AI開発したい、導入したい、と、お声をかけていただいた中で、学習用の正解データがまったくなかったとか、画像データが数十枚しかない、というケースが多々ありました。人間みたいに少量のサンプル、わずか1枚の何かを初めて見てもそのカテゴリを類推できてしまうほど、今のAIは賢くないのです。

 テレワークが徹底してくると、あらゆる情報がデジタルデータ化されます。それに対するコメント、評価を、本業の仕事をする副産物で人間が付与する仕組みも作れます。このあたりを巧みに行うと、テレワークを前提とした社内DXのおかげで、毎日機械学習用の正解データがどんどん増えていくようになります。会議の音声認識結果テキストから5W1Hを抽出して議事録の要点にしたり、次回予定を自動で参加者に配信したり、といった、気軽なAI活用も間近に迫っています。お手伝いしている本人が言うのだから間違いありません(笑)。

 データには、それを発生させた人間のなんらかの権利が複雑に絡み合っていることもあります。「それでは機械学習、AIのための大量データについて膨大な許諾申請が必要で、やってられんなぁ」というコメントは早計です。日本の著作権法は、原著作者の許諾なく、機械学習させた結果(“モデル”と呼ばれます)を自由に使用してよい、となっているからです。機械学習、AI開発を第三者に委託して外注して作った場合でもOKということが、2019年から明記されました。このため、日本は世界最先端の機械学習天国とも呼ばれることがあります。法律家のみなさま、よくぞがんばってくださいました。

おわりに

 そんなこんなで、コロナ禍を経験して、企業内コミュニケーション、共創のデジタル化、そしてゆくゆくは企業間取引の本格デジタル化(紙などまったく使わずAPIで光速取引)が、後戻りできないように進むことでしょう。

 ある調査によれば、約6割のテレワーク経験者が、アフターコロナでもテレワークを適宜併用してもらいたい、と望んでいるといいます。そんな企業では、上述の書類内部、コンテンツ内部に踏み込んだセキュリティの問題をクリアしつつ、山本五十六の「やってみせ」のデジタル版で時空を超えた効率と創造性を追求していくことになると思います。

 残りの4割ですが、6月1日朝の品川駅の大混雑風景などみると、悪い意味で緩んで安心して元に戻ってしまい、元の木阿弥になるやもしれません。企業のIT活用の二極化、すなわち、AIも楽々導入できる勝ち組と、守旧的な負け組がはっきりしてくる。こんな風景も、アフターコロナの特徴といえるかもしれません。

(文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。


1962年生まれ。1984年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。2005年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピン・オフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他


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