テレワーク拡大に伴い、自宅のインターネット環境を見直す人が増えているなか、ある情報がインターネット上で広まっている。自宅でモバイルWi-Fiルーターの接続が悪く、通信速度が遅くなることに悩んだ際、ステンレス製のボウルにWi-Fiルーターを入れると通信速度が改善されるというものだ。このほかにも、無線ルーターも背後の壁にアルミホイルなどの金属を貼ると通信がよくなるという情報もあがっている。
果たしてルーターに金属を近づけることで通信速度が改善されることがあるのだろうか。そこで、今回はモバイル業界の事情に詳しく、『できるZoom ビデオ会議が使いこなせる本』(インプレス)などの著書があるジャーナリスト・法林岳之氏に、この現象の真偽について聞いた。
金属に反射させることで電波環境の改善は“あり得る”が…
まず、ステンレス製のボウルにモバイルWi-Fiルーターを入れると電波環境が良くなるというのは事実なのだろうか。
「“条件が整えば、電波環境が改善する可能性がある”とは言えます。モバイルWi-Fiルーターの場合、スマホと同じくモバイルネットワークの電波を受けて、タブレットやパソコンなどの機器にWi-Fiの電波を送信しています。モバイルWi-Fiルーターと、スマホのテザリング機能を使ってほかのデバイスをネットにつなぐのは、同じ仕組みということですね。そのモバイルネットワークの電波にはいろんな周波数がありますが、FMラジオなどと比較するとはるかに高い周波数なので、金属に反射するんです。
今回の場合は、ボウルの上部から入ってくる電波をパラボラアンテナと同じ要領で取り込んでいます。そうして集まった電波がボウルに反射すると、モバイルWi-Fiルーターのアンテナに電波が集まることになるので、電波環境が良くなることもあるでしょう。
さらに、モバイルWi-Fiルーターはボディが小さい分、アンテナも小さく感度も抜群に良いわけではありません。ですから、ちょっとした状況の変化でも電波環境が良くなったように感じられるのかもしれません」(法林氏)
しかし、法林氏はボウルに入れるという行為が、かえって電波の入りを悪くさせる可能性もあると語る。
「金属は電波を遮断しますから、場合によっては、本来入っていた電波がボウルによって遮断されることも考えられます。一般的に無線通信の基地局はビルの屋上といった高いところにあり、そこから噴水が広がるような放物線を描いて電波を発信しています。そうすると、たとえばマンションの3、4階くらいに位置する部屋までなら、やや上や真横ぐらいから電波を取り込むことが多いわけです。
ですが、タワマンの上層階にある部屋に住んでいる場合などは、基地局よりも高い位置にいることになるので、下方から電波を受信することになる。こういう環境でルーターをステンレスボウルに入れてしまうと、下からの電波を遮断してしまうことになるので、かえって電波が悪くなるということもあるでしょう」(法林氏)
法林氏の意見をまとめると、“条件が揃えばステンレス製のボウルにモバイルWi-Fiルーターを入れると電波環境が改善する。しかし場合によっては悪化することもある”ということだ。しかし、悪化するケース以外にも、法林氏はこの方法はおすすめできないという。
「モバイルWi-Fiルーターでもスマホでも同じことですが、本来こういう機器は、机のうえに置いたり、手で持った状態で使ったりすることを想定して製造されています。今回のような使い方はメーカーにとっては想定外なので、機器に熱がこもりすぎたり、中の基板が痛んだり、バッテリーが加熱してしまったりするかもしれません。モバイルWi-Fiルーターの会社がどんな設計をしているかにもよりますが、そういう危険性もゼロではないことを踏まえると、たとえ電波環境が改善していたとしても、私はおすすめできません」(法林氏)
裏技には頼らず、電波が入りやすい場所を徹底的に探すべし
ステンレスボウルに入れるといった裏技を使うよりも根本的な改善方法を模索するべきと、法林氏は続ける。
「基本的には、電波を強くキャッチできる場所にモバイルWi-Fiルーターを置くというのが鉄則です。一般的には窓際など、まわりに障害物が少ないところに置くのがベターでしょう。ただ、夏場の強い日差しを浴びると機器が傷む可能性もあるということや、窓に鉄繊維で模様がつけられているガラスだと電波を遮断してしまう可能性があることなど、環境に応じた注意は必要ですね。
しかし、そもそも電波の受信は本当にさまざまな要因に左右されるもの。たとえば、1階に位置する部屋の場合、家の前にトラックが止まったり、人が立ち止まっているというだけでも電波の状況が悪くなったりもするんです。環境、状況、タイミングによっても刻々と変化するものなので、個々人のお宅で電波が入りやすい場所を根気よく探していくしかないでしょうね」(法林氏)
そのほかの解決策として有効なのはルーターの電源を入れ直す、平置きしていたルーターを縦置きにしてみる、ルーターの向きを変えてみる、などがあるという。いずれにしても、それでも通信速度の改善が見込めなければ、モバイルWi-Fiルーターではなく、ホームルーターに切り替えるのが賢明だそうだ。
「全く同じ回線・事業者という条件で比較した場合、モバイルWi-Fiルーターよりも据え置き型のホームルーターのほうがモバイルネットワーク、Wi-Fiともに通信速度が速くなる可能性が高いです。モバイルWi-Fiルーターはボディが小さいため、内蔵されているアンテナの数も当然少なくなります。一方で、据え置き型はコップやタンブラーくらいの大きさがあります。そうすると、その分内蔵されているアンテナの長さも長くなり、数も増える。つまり、外からの電波を受ける口が増えるということですから、通信速度の改善も期待できるでしょう」(法林氏)
裏技に頼るのはではなく、奇をてらわない正攻法が一番有効という帰結になるようだ。
(取材・文=福永全体/A4studio)