市場の反応
人民元の切り下げを受けて、8月11日のアジア時間では質への逃避が進んだ。通常、通貨安は輸出企業の採算改善期待を高め、それは景気にプラスに働くと期待される。しかし、今回の人民元切り下げは市場にマイナスの影響を与えた。投資家は、中国経済が中央銀行による人為的な通貨切り下げが必要な状況に追い込まれているという不安を急速に高めたのだろう。
ここで、改めて中国当局の見解を確認しておく。人民銀行の関係者は、通貨切り下げの理由は輸出支援ではないと述べている。むしろ、その理由は人民元の国際化にあるようだ。具体的には、IMFのSDR(特別引き出し権:IMFが設定する国際的な準備資産)の構成通貨に人民元が採用されることを念頭に置いているのだろう。一方、市場はこの考えよりも、景気支援を重要視しているようだ。
人民元の切り下げは、アジアの通貨安競争への懸念をも高めた。市場は中国の目的は輸出サポートにあるととらえ、各国が通貨安を望むのではないかと考えたようだ。それを表すかのように、インドネシアルピアなど国際収支が赤字であり、景況感が軟調な国の通貨が大きな売り圧力に直面した。この動きは、その後の欧州、米国時間における株価や資源国通貨の下落につながった。
中国の決定を受けて、米国の利上げが遅れるのではないかという観測が高まった点も慎重に考えたほうがよい。世界経済を支えてきた米国の金融政策が変わろうとしている時期だけに、市場はリスクに対して敏感になっている。そのため、中国の経済指標の下振れや追加的な政策対応は、アジアだけでなく米国の金利や株価等の動きを不安定にさせやすくなっていると考えられる。
今後の展望
今後の金融市場を考える上で、ボラティリティ(資産価格の変動率)の動向には注意が必要だ。人民元の基準値が市場実勢をフォローしやすくなったことを受け、人民元は弱含みしやすい。その動きが中国の株価に影響を与え、海外市場にも波及するリスクは高まりやすい。輸出を拡大させ、景気を支えるためには理論上、通貨安は有利だ。そのため、中国政府にとって人民元の減価圧力を高めるインセンティブは働きやすい。
経済面を考えると、中国の行動は世界経済を不安定にする側面があると考えられる。中国は「シルクロード経済圏構想(一帯一路)」を提唱し、アジアから欧州に至るまでの地域に連携を呼びかけている。この構想の本質は、外需の囲い込みと独り占めだ。また中国はアジア新興国のインフラ開発資金を提供するAIIB(アジアインフラ投資銀行)を創設し、海外市場での中国系企業の事業基盤を拡大しようとしている。