山本太郎・れいわ新選組代表が「首相」への意欲を改めて鮮明にしている。
山本氏は8月7日、公益社団法人日本ジャーナリスト協会(旧自由報道協会)主催の記者会見に登場。同協会の改称後初となった会見会場(東京・渋谷)には70人を超える参加者が訪れた。フリーランスで活動するジャーナリストを主体に、主流メディア所属記者、一般参加者も含む多彩な背景を持った顔ぶれがそろった。
主催者からの質問に答える形で山本氏は、「衆議院と参議院の役割の違い」に言及。「よく言われる」話として、「『参院議員でいる限りは首相にリーチできない』と。『首相の座を狙うのであれば、衆院議員になるべきだ』との論調がある」との話を持ち出しつつも、これはあくまで俗説にすぎないとばかりに、「2014年ごろの段階で『ルール上、何か参院議員が首相になることを妨げるものはあるのか?』と質問している。答弁としては『参院議員が首相になることは別に妨げられるものではない』ということです」と断言した。
参院議員時代、山本氏は「しっかりと腰を据えて仕事ができる参院から、首相にリーチできたらいいな」と考えてきたという。だが、7月の参院選で自らの議席を失った以上、戦略の転換は避けられない。
「ルール的に妨げるものがないとしても、一番わかりやすい形で『(首相の座を)狙っていきます』と宣言するためには、やはり衆院という部分で次の戦いに臨んでいく。当然そういう流れになるだろうなと」と、次期衆院選への出馬と、首相への志をあらためて明らかにした。
寄附による資金調達と野党共闘
会見では、その後も将来の「政権構想」につながる発言が目立った。
「相手が誰であれ、しっかりと対峙をしながら、人々を救うための経済政策を進めるためにご理解いただく。そういうことに実際に政治生命をかけた人はいるのか。米国に対しても、世界に対しても、日本の国内事情に対しても、そういうスタンス。常にクリアな風通しのいい感じでやっていけば、理解が得られるんじゃないか。私はそう思ってます。実際にその場に立ってみないとわからないかもしれませんが。それをやれなければ意味がないと思っているし。それをやれないなら、私が政治の場で続ける理由はない」
記者からの「あなたが首相になったら、ジェンダーギャップ指数(社会進出における男女格差を示す指標)を上げられるか?」という質問に対しては、「まあ、上がりまくりですね。『ほんまかいな?』って話ですけど。まあ、何を変えたいかと言ったら、私はやっぱり、『個人として尊重される』と、日本国憲法に書かれている通りに、この国の政治が行われればいいと思っています。『私が首相になったら』って、いつの話かわかりませんが。今この国に必要なのは、そういった『ニーズはあるが、国がケチって金を出さない』分野に対して、どうするのか。例えば、『働く人を公務員化する』といったことを訴えています。そういったことをやっていけば、ジェンダーギャップ指数も上がっていく原因のひとつになる」(山本氏)
参院選の結果については、「勝者と言えるのは山本氏だけ」(政治ジャーナリスト)といった見方はプロ筋の中にもある。
大きかったのは、選挙費用を寄附で賄う手法。個人が少額の寄附で支える仕組みは米国などでは見られるものの、日本にはまだなかった。寄附をした人は投票もするだろう。党派を超えて、こうした文化は根付いていくのか。
衆院選に向けた資金調達について山本氏は「最低限で考えても10億円は必要」と明言している。参院選でれいわが集めた寄附は4億円。9000万円ほど残っているが、すでに使途は決まっている。これから新たに10億円を用意しなければならない。
「10億円はギリギリの数字。まともにほかの政党のような戦い方をしようと思ったら、20億円は必要です。そのときのお金の集まり方で、また自分たちのチームをつくっていくしかない」(山本氏)
共同通信が8月18日に伝えたところによると、同社世論調査で、れいわの政党支持率は4.3%。参院選後の7月調査から倍増した。野党では第1党の立憲民主党に次ぐ支持率。共産党と肩を並べている。若年層の支持が目立った。
山本氏は政権交代について「野党共闘、野党が連立しながら政権交代をかなえるということが一番の近道」「私たちだけ単体で政権交代を行うことはなかなか容易ではない」と述べている。一方で、「私が最初に政治に対して不信感を持ったのは、自民党の前の政権」と明言。民主党政権当時の原発事故や消費増税への対応に関する疑念は隠さない。その上で、旧民主党勢力に対しては「あくまでも大人の対応をします。なぜならば、政権交代が必要だから」と重ねて強調してみせた。
すべては政権交代のために
他党に目を転じると、立憲や共産はれいわとの連携に意欲的。立憲と国民民主党は衆参両院で統一会派を結成する方針を固めた。
8月25日投開票の埼玉県知事選挙では野党統一候補が競り勝ち。9月8日投開票の岩手県知事選では立憲の枝野幸男、国民の玉木雄一郎両代表をはじめ、4野党の幹部や小沢一郎衆議院議員らが盛岡市で顔をそろえた。
山本氏は小沢氏が率いた旧自由党について「永田町の中で初めてできた家族」と述懐。「森裕子氏にしても、木戸口英司氏にしても、ありとあらゆる方々から本当に心温かい言葉をいただいたり、厳しい言葉もいただいたりしながら、少しでもましな国会議員になれるように、お力を貸していただいた」と振り返る。
さはさりながら、「この国が壊れていく速度はなかなか緩まっていかない。そう考えたとき、自分で旗を振って、外側から野党に対してもプレッシャーを与えられたらいいなと思って」と、れいわ結党と参院選への取り組みの背景を語った。
参院選後、議員宿舎と議員会館事務室から慌ただしく退去。仮の行き先として、参院選用の事務所に荷物を運んだものの、会見の時点で正式な引っ越し先は決まっていなかった。自嘲気味に「住所不定、無職」と言ってはいるものの、「議員時代よりも忙しい」と現状を語る。
秋以降は全国規模での街頭活動を予定。マスメディアで発言の機会を必ずしも得られてこなかった山本氏にとって、街頭は政治活動の原点でもある。
「本当に結構お金がかかっちゃう。普通にトラメガを手持ちでやるというようなスタイルではなくて。やっぱり、音質にこだわって、しっかりとやっていきたい。その体勢をつくり、3カ月近く全国を回ったりしたら、どれくらいの金額になるのか。今から怖い」(山本氏)
政権交代に向けた野党共闘については「その時点で私がどういう役割を果たすのかは、野党側の先輩方、リーダー方がどのようなご判断をするのかで大きく変わっていく」と述べた上で、「野党で連立して政権交代をするために、どうせなら、山本太郎というカードを有効に使っていいただけたら光栄」と強調した。
(文=編集部)