マンションデベロッパーというのは、分譲する物件の名称に異常なこだわりを見せる場合が多い。名称によってそのマンションの売れ行きが左右されると本気で考えているのだろう。
ほとんどのマンションの名称には、地名や駅名が使われる。しかし、ごくたまに地名も駅名もまったく使わない場合もある。例えば「ミッドタワーガーデン」というタワーマンションが現在分譲されている。この名前だけだと、一般の方はどこにできるマンションかわからないはずだ。
この物件のアドレスは「東京都中央区月島」。最寄り駅は地下鉄有楽町線の「月島」駅である。であれば、どこかに「月島」という地名を使えばわかりやすいはずだが、なぜそうしないのか?
本当のところは、このマンションの名称を決めた売主企業の担当責任者に聞いてみないとわからないが、「月島」はもんじゃ焼きで知られる庶民的な街だ。その下町イメージの地名は、最先端の機能とデザイン、設備などを備えたタワーマンションとうまくマッチングしないと考えたのではなかろうか。
この物件よりも3年ほど早く分譲された月島アドレスのタワーマンションも、「月島」を名称に使っていなかった。ちなみに、月島と隣接する佃エリアでも30年以上前から大掛かりな再開発が行われ、今ではタワーマンションが林立しているが、その一帯の名称にも、最寄り駅である「月島」も地名である「佃」も使われず、「大川端リバーシティ」という名称が付けられている。
私は東京23区と川崎市のほぼ全域で供給される新築マンションの建設地をくまなく見て回る。そして物件別に資産価値を評価するレポートを作成して、ネット上でダウンロード販売を行っている。だからマンションの名称は必ずチェックするのだが、いろいろと気づかされることがある。
そのひとつは、メジャーな路線のよく知られた駅名でも、マンションの名称にはほとんど使われない場合があるということだ。そこで、山手線内のJRや地下鉄路線の主要な駅で、どこがマンションの名称にあまり使われていないのか「ワースト10」を抽出調査してみた。
神経を尖らせるマンションデベロッパー
まず、周辺エリアでは過去にそれなりの分譲マンションが供給されたにもかかわらず、いかにも使われていなさそうな候補を15駅選んだ。比較的新しい南北線、大江戸線、副都心線などは除外。JRなどのメジャー路線の他の駅と距離的に近くて、なおかつ名称がかぶる地下鉄の駅も除外した。
この選択は恣意的だが、「一般にはよく知られているのにマンションデベロッパーに嫌われている」駅を炙り出すには、こういう選択法が有効だと考えた。そして、選んだ15駅について、中古マンションのデータ蓄積では定評のある「マンションレビュー」というサイトで、その駅名を名称に使った物件がいくつあるのか検索にかけてみた。その結果が以下の通りである。
まずワースト6位から10位までを示してみたい。
【6位】湯島(千代田線)/39物件
【6位】大門(浅草線)/39物件
【8位】御徒町(山手線)/83物件
【9位】新橋(山手線)/86物件
【10位】西日暮里(山手線)/92物件
マンションレビューには過去に分譲されたほとんどの分譲マンションが登録されている。だから、この物件数は概ね正確だと考えていい。
このなかで乗降客数の最も多いのは「新橋」だ。イメージはサラリーマン(オジサン)の街。周辺エリアに分譲マンションはあまり多くはないが、徒歩10分以内に86物件というのは少なすぎだろう。ちょっと内側に入った物件は「虎ノ門」になったりするのかもしれない。
「大門」はJR山手線の「浜松町」駅に近いのが災いしたのか、わずかに39物件。遊郭イメージの「湯島」と同数になってしまった。「西日暮里」と「御徒町」も街のイメージが避けられたのだろう。
次にいよいよワースト1位から5位を発表しよう。
【1位】新大久保(山手線)/10物件
【2位】新大塚(丸ノ内線)/26物件
【3位】江戸川橋(有楽町線)/27物件
【4位】信濃町(中央線)/28物件
【5位】鶯谷(山手線)/33物件
5位のJR山手線「鶯谷」はもっと上位に来るかと思ったが意外だった。ある程度予想はできたが、ここまでとは思わなかったのがJR中央線の「信濃町」だ。宗教団体の建物群があることで有名だが、マンションデベロッパーにとってはマイナスイメージなのかもしれない。有楽町線の「江戸川橋」も嫌われたものだ。周辺の分譲マンションには「文京〇〇」と、文京区内であることを強調しているケースが多い。
丸ノ内線の「新大塚」はJR山手線の「大塚」駅からそれなりに離れている。このあたりのマンションは「茗荷谷」を名乗っているケースをよく見かける。マイナーイメージ故に埋没してしまっている感じだ。
堂々の1位となったJR山手線の「新大久保」については、意外感はまったくない。周辺にマンションができても大半は「〇〇新宿」とか「新宿百人町」となったのだろう。それでも10物件のマンションが「新大久保」の名を使用している。
参考までに11位以下になった5駅も挙げておきたい。
【11位】田端(山手線)/111物件
【12位】巣鴨(山手線)/129物件
【13位】五反田(山手線)/140物件
【14位】日暮里(山手線)/233物件
【15位】大塚(山手線)/288物件
これらの駅名は山手線ゲームをやると、最後のほうで出てきそうな名称だ。ただ「大塚」や「日暮里」はさほどマンションデベロッパーには嫌われていないのが、やや意外な結果だった。そこはやはり山手線の力だろうか。
いずれにせよ、駅や地名から想像する街のイメージに、マンションデベロッパーは神経を尖らせていることがわかった。ただ、そのこだわりが強すぎるあまり、かえって滑稽にしか思えないマンション名を生み出したりもする。
(文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト)