【東住吉事件】で再審開始決定ーー有罪ありきで科学鑑定を無視した裁判所の重すぎる“罪”
三審制のいずれかの段階で、裁判所が無罪方向の証拠を真剣に検討するなり、検察側にもっと厳密な立証を求めていれば、何も再審に至ることなく、当初の裁判で、自白通りの犯行は不可能であることが明らかになったのではないか。とりわけ、科学鑑定を完全に無視した最高裁の責任は極めて大きいと言わざるをえない。
自白に依拠した裁判所
裁判所が有罪判決を書くうえで依拠したのは、2人の捜査段階での「自白」だった。2人は法廷で、取り調べの際に暴行や脅しがあり、虚偽を告げられるなどして自白を迫られたと訴えたが、裁判所は聞き入れなかった。そのくせ、警察官の証言はすんなりと信用し、2人の自白の任意性を認めた。
しかも、この自白には、不自然な変遷や疑問点がいくつもあったのに、裁判所はすべて有罪ありきで解釈していった。
たとえば、犯行動機。自白では、マンション購入の手数料170万円が必要になったため、とされた。これには有罪判決を書いた一審裁判所も疑問を持ったらしい。
〈せいぜい200万円程度の金額の工面を考えて、そのために本件犯行を企てるというのは、いかにも不自然さが否めないし、他からの借入れ等をも考えれば経済的な逼迫度はそれほどではないともいえる〉
ところが、せっかく浮かんだ疑問を、裁判所は自ら以下のように潰してしまう。
〈被告人らが当時決して余裕のある経済状態ではなかったことは確かであり、(中略)より楽な暮らしがしたいために、手っ取り早く大金が手に入ることを考えるということも、あながちあり得ない話ではない〉
「あながちあり得ない話ではない」程度で、有罪の根拠にされたのではたまったものではない。
本件が解決までに、長い年月と多額な費用を要しているのは、検察側に厳密な有罪立証を求めないのに、再審を求める者には、厳密な“無罪の立証”を求め、密室での取り調べについて、安易に警察官の証言を信用しすぎる裁判所の姿勢が最大の原因ではないか。本件での裁判所の判断については、今後、きちんと検証されなければならない。
また、本件によって、自白が裁判所に与える影響力が再確認された以上、取り調べの状況の録音・録画(可視化)は急がなければならない。殺人など裁判員裁判対象事件についての可視化を含む刑事訴訟法改正法案が、先の国会で衆議院を通過し、参議院に送られたまま継続審議となっている。この瞬間にも、無理な取り調べによって、虚偽の自白に追い込まれている人がいないとも限らない。野党側は臨時国会の開会を求めている。早急に国会を開いて、一刻も早く、可視化を実現させ、今回のように長い時間をかけて無実を訴えなければならない人を、1人でも減らしてほしい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)
●江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か – 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。
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