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ポルトガル・ファチマに出現した聖母マリアの秘密の預言、ローマ教皇庁の説明に人々は納得した?

文=水守啓/サイエンスライター
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 1917年5月13日より数回、ポルトガルの寒村ファチマで3人の子供たちの前に聖母マリアが出現し、人類の未来について語るという奇蹟が起こった。最後の奇蹟の際には7万人の大群衆が集まり、超自然的な太陽の乱舞が目撃された。この一連の奇蹟はカトリック教会が公認し、「ファチマの聖母」として世界的に知られている。おそらく、これは日本人でも少なからずご存じと思われるが、このような超自然的な出来事が起こることを事前に予言していた人々がいたことはあまり知られていない。それについては後編で紹介していくことにしたいが、その前に、前編においては「ファチマの聖母」について振り返っておきたい。

 最初の聖母の出現に立ち会ったのは、当時10歳の少女ルシア・ドス・サントス、9歳のフランシスコ・マルト、7歳のジャシンタ・マルトの3人だった。ルシアが聖母と交わした言葉は次のようなものだった。

聖母「何も怖がることはありません。私は皆さんに、何も悪いことはいたしません」

ルシア「あなた様はどちらからいらしたのですか?」

聖母「私は天国からまいりました」

ルシア「あなた様は、私どもに何をお望みでございますか?」

聖母「これから続けて6カ月の間13日に、同じ時間にここに来ることを求めるために来ました。後に、私が誰であり、何を望んでいるかを言いましょう。後になって、7度目にもここに戻って来るでしょう」

 その後、後半では、神への献身とその心構えについて言葉が交わされた。

 2回目の6月13日の出現時には、群衆の数は50人ほどで、聖母は来月13日もここにきて、毎日ロザリオを唱えることを求めた。その際、ジャシンタとフランシスコはまもなく天国へと連れていくが、ルシアはこの世に留まり、神への道を歩めるように導いていくことを伝えた(預言通り、フランシスコは1919年に10歳で、ジャシンタは1920年に9歳で他界する)。なお、ルシアは「聖母の右手の前に茨に取り囲まれた心臓があり、それを茨が突き刺していた。私たちはこれがマリアの汚れなき御心であり、人間の罪によって踏みにじられ、償いを求めておられると理解した」とも語っていた。

ポルトガル・ファチマに出現した聖母マリアの秘密の預言、ローマ教皇庁の説明に人々は納得した?の画像1
左よりルシア、フランシスコ、ジャシンタ

聖母の預言

 3回目の7月13日、群衆は1000人ほどとなり、聖母はルシアに以下のような注目すべき言葉を残す。

「毎月ここに来続けなさい。10月に、私が誰であるか、何を望んでいるかをあなたがたに教えます。そしてすべての人のために見て信じるように一つの奇蹟を行います」

 そして、「罪人のためにあなたがた自身を犠牲として捧げなさい。そして何度も、特に何か犠牲をするときにはこう言いなさい。『おお、イエズスよ、これはあなたのため、罪人の回心のため、そしてマリアの汚れなき御心に対して犯される罪の償いのためです』」と聖母が語ったあと、ルシアは強い光線が地上を貫き、そのなかで一瞬だったが、火の海のような地獄を見せられた。悪魔、人間の形をした霊魂たちが絶望と苦悶のうちに透明な火の塊となっていたのを見たルシアは、恐怖のあまりに叫び、周囲の人々はその声を聞いた。

 次に聖母は、「戦争は終わりに近づいていますが、もし人々が主に背き罪を犯し続けるなら、次の教皇(ピウス11世)の在位期間中(1922~39年)にもっとひどい戦争が始まることでしょう。未知の光によって照らされる夜を見るとき、これが神によってあなたがたに与えられる大きなしるしであるということを知りなさい。神は戦争、飢饉、教会と教皇の迫害によって世界をその罪のために罰しようとしておられるのです」と語る。

 ここで、最初の「戦争」とは、1914~18年の第一次世界大戦を指し、聖母はその終結を預言したとされる(第一の預言)。また、次に起こる「もっとひどい戦争」とは1939~45年の第二次世界大戦のことであり、聖母はその勃発を預言したとされる(第二の預言)。

 そして、聖母は次のように続けた。

「このことを避けるために、私は私の汚れなき御心へのロシアの奉献と、初土曜日の償いの聖体拝領を求めるために来るでしょう。もし私の要求が顧みられるならば、ロシアは回心し、平和が来るでしょう。もしそうでないならば、ロシアは戦争と教会の迫害を引き起こしながら、その誤謬を世界中に広めるでしょう。善い人々は殉教し、教皇は多く苦しみを受け、さまざまの民族が絶滅させられるでしょう」

 ご存じように、ロシアは1917年のロシア革命を経て1922年にソビエト連邦を設立し、宗教を否定する共産党の一党独裁体制を構築した。

 実は、聖母はこの言葉のあとに、いわゆる第三の預言(秘密)に触れている。だが、ルシアは聖母から1960年まで公表を控えるよう告げられていた。その理由は、1960年にならないと人々が預言の意味を理解できないからだというものだった。そして、1960年代となり、当時のローマ法王ヨハネ23世が第三の預言が記された文書を閲覧したところ、あまりの衝撃に言葉を失い、公表するはずの内容を封印することにしたとされている。また、その後就任したローマ法王パウロ6世もその内容にショックを受けて、数日間昏睡状態に陥ったといわれている。

 多くの人々は、第3次世界大戦の勃発や人類滅亡の危機、あるいは、自分たちの正体が宇宙人であること等、キリスト教会の存続に危機をもたらすようなことが語られたのではないかと憶測した。そして、世の中の混乱を避けるべく非公開としたローマ教皇庁に対して、不満を抱く者も現れた。1981年5月2日、元カトリック修道士のローレンス・ダウニーが「アイルランド航空164便ハイジャック事件」を起こしたのである。ダウニーの要求は、ファチマ第三の秘密を公開せよ、というものだった。

 だが、この事件で第三の秘密(預言)が公表されることはなく、その後も人々の不満と憶測は収まらなかった。そこで、2000年5月、重い腰を上げて教皇庁はついに公表に踏み切った。ところが、その内容は、教皇が一団の兵士らによって殺されるというもので、1981年5月13日のヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件のことだったと示唆した。

 だが、公表された暗殺の描写内容は81年の事件のそれとはまったく異なっていただけでなく、後者は未遂で終わっている。また、世界規模の大事件ではない等、教皇庁による説明に説得力が欠けるとして、今でも真実は公表されていないと考える人々は多いのが現実といえるだろう。

 さて、ルシアが聞いた聖母の言葉に戻ると、「最後に、私の汚れなき御心は勝利するでしょう。教皇は私にロシアを奉献するでしょう。そしてロシアは回心し、ある期間の平和が世界に与えられるでしょう。……ポルトガルでは信仰の教義が常に保たれるでしょう。このことを誰にも言ってはいけませんが、フランシスコには言ってもよい」という内容が3回目の出現時に語られた。

大群衆が目にした大スペクタクル

 4回目の出現となるはずだった8月13日、群衆は2万人近く集まっていたものの、行政責任者が朝から15日まで監禁したため、ルシアら3人は現場に行くことができなかった。そのため、6日後の8月19日に聖母は予告なく現れた。

 その時、聖母は「最後の月に私はすべての人が信じるように一つの奇蹟を行います。あなたがたが町へ連れて行かれることがなかったならば、その奇蹟はもっと大きなものとなるはずでした」と語ったあと、「2つの駕籠(かご)をつくらせなさい。1つの駕籠はあなたとジャシンタ、それに他の2人の少女が白い衣装を着て、もう1つの駕籠はフランシスコと他の3人の少年が担ぐのです。駕籠からのお金はロザリオの聖母の祝日のためのものです。そして残りのお金はここに建てられなければならない聖堂の建設に役立つでしょう」と語っている(1953年にファチマ聖堂が建てられた)。

 5回目の9月13日、3万人もの群衆が集まった。空には光り輝く球体が現れ、聖母が出現するウバメガシの木に近づいた。そして、(雲として留まり)太陽の輝きが鈍ると、あたりが黄金色になった。前回、ルシアは病人の癒やしを聖母に頼み、年内にそれに応じると聖母は答えていたが、今回はたくさんの人々に頼まれて、病人やろう者(聴覚障害者)を癒やすよう聖母に求めた。それに対して、聖母は「はい。ある人々を癒やしましょう。しかし、他の人々は癒やしません。なぜなら、私たちの主は彼らを信用しておられないからです」と答えた。そして、あらためて10月にすべての人々が信じる奇蹟を行うと告げた。

 6回目の10月13日、雨の中、大奇蹟を目撃しようと7万人もの群衆が集まった。午後1時半ごろ、東の空に稲光を目にしたルシアは「あなたは私から何をお望みですか?」と聖母に話しかけた。聖母は、「私をたたえてここに聖堂を建てることを望んでいます。私はロザリオの聖母です。毎日ロザリオの祈りを続けて唱えなさい。戦争はまもなく終わり、兵士たちは自分たちの家に帰って来るでしょう」と自分の正体を明かすとともに、第一の預言の内容に再び触れた。そして、聖母が去ると同時に、ウバメガシの木の上に存在していた雲も消えた。

 注目すべきは、その後に太陽が大空に展開した大スペクタクルであった。それまで降っていた雨は突然やみ、雲は急速に失せ、晴天になった。ギラギラ輝くはずの太陽を人々は裸眼で何ら眼を痛めることなく見ることができた。すべてのものが動かず、静かだった。だが、次の瞬間、さらに不思議なことが起こった。その太陽がさまざまな方向に光線を発し、その光線が空気、大地、木々やその他大地にあるすべてのもの、人間たちをさまざまな色に染め上げた。

 しばらくして、太陽は止まったと思うと、その次には、揺れ、震え、ダンスを始めた。そして、その太陽は天からはがれ、回転する大車輪になって落ちて来るように見えた。人々は叫び、泣きわめき、地にひれ伏した。大声で自分の犯した罪を告白する人もいた。だが、最後に太陽は動きを止め、人々は助かったと胸をなでおろすことができた。

 いったい何が起こったのか? 世界各国の天文台では、当時こうした太陽の異常行動は確認されなかった。そのため、群衆全員が同じ幻覚を見たと考えられている。居合わせた新聞記者たちも同様にこの大スペクタクルを目撃し、ポルトガルのあらゆる新聞で大々的に報じられた。群衆を散らすために山岳兵部隊が動員されていたが、彼らも奇蹟を目撃してただちに回心した。多くの人々はこの奇蹟は世の終わりのことを指していると考えて恐怖を感じたという。

 以上がファチマの聖母の概要である。だが、こんな異常な出来事の発生を予言していた人々が存在した。そして、なぜかそれはあまり紹介されることはなかった。次回、その詳細に触れていくことにしたい。

(文=水守啓/サイエンスライター)

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水守啓/サイエンスライター

水守啓/サイエンスライター

「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組むナチュラリスト、サイエンスライター、リバース・スピーチ分析家。 現在は、千葉県房総半島の里山で農作業を通じて自然と触れ合う中、研究・執筆・講演活動等を行っている。

著書に『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の謎/失われた古代文明]編』、『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研プラス)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』、『世界を変えるNESARAの謎』(明窓出版)などがある。

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