韓国貿易協会などの資料によれば、韓国はOECD加盟国中、創業から3年目までの企業が生き残る確率が最も低い国とされている。財閥企業の市場独占が強いという側面もさることながら、国内において起業や若者を支援する体制が乏しいのが、その理由だ。
そんな汚名をそそぎ、また若者の雇用の創出や、停滞した経済を成長させるため、韓国政府はスタートアップの育成に力を入れる方針を示している。2015年の段階で、韓国政府の創業支援関連予算の総額は21兆ウォン(約2兆円)。また、国がアクセラレーターとインキュベーター(ともにスタートアップに金銭的、技術的サポートをする人々)を認定して、起業する人々を後押しする体制を整え始めている。
政府の金銭的後押しの気運も強まり、スタートアップブームが始まろうしている韓国。だがそんな状況や制度を悪用し、起業する人々からお金を巻き上げる、いわゆる“不良メンター”がすでに横行し始めているという。
現在、不良メンターのひとりとして、また詐欺容疑で検察の調査の対象になっている人物がいる。新聞やテレビにも出演する有名な起業家キム氏だ。彼は過去に、大手IT会社を10人の同僚とともに辞職。無一文で起業して成功したという逸話を持つ。現在は位置情報と連動したウェブサービスをグローバルに展開し、国内では十数人の起業家や大学生を育てるために奮闘中と自称している。
そんなキム氏の餌食になったひとりが、20代女性のチョさん(仮名)だ。彼女は現在、外国人を対象とした医療系ウェブサービスを展開。最近では海外からの投資案件も増えてきており、事業が順調に拡大しているという。ただ、初めて起業をした際には、政府公認のアクセラレーターを名乗るキム氏の口車にうまく乗せられてしまったと後悔している。
「キム氏は私に『200万円の費用を出し、自分の会社でホームページを開発すれば、政府から4000万円の融資を受けられる。自分は政府公認だから安心してほしい』と言われました。その後、入金したのですが、融資の話はおろかホームページの開発すらまともに進みませんでした。新聞やテレビに出ていたので、すっかり信用していたのですが……。後にキム氏の会社のCTO(最高技術責任者)と呼ばれる人にも直接話を聞きに行きました。すると、彼のビジネスはすでに頓挫していて、仲間もすべて去ったと聞かされました。起業する前は一生懸命やることがすべてだと思っていましたが、その時からそれだけではだめだと考え始めました」
まるで“振り込め詐欺”のような手法である。なお、韓国の若者にとって200万円は大金だ。就職が難しい韓国社会で起業を選択した人々にとっては、なおさら貴重なお金であることは言うまでもない。現在、幸運にも事業がうまくいっているからよいものの、チョさんは失った資金の穴を埋めるために働きすぎて、一度は遺書まで書き残すほどに追い詰められたそうだ。
政府公認アクセラレーターによる詐欺が頻発
日本にも似たような不良メンターが少なくない。筆者も昨年、メディア露出の多いある人物から、コンサル費や面会費などの名目で金を巻き上げられたという被害者の相談を受けたことがある。その被害者自身も後に取り込まれ不良メンターの一味として働いていたので、まったく擁護する気にはなれないが、その時の話によれば不良メンターが若者たちから巻き上げた金の総額は、数億円を軽く超えるということだった。
韓国では、キム氏のように政府公認アクセラレーターを名乗り、ホームページ制作でお金を巻き上げるという手法が増えてきているようだ。実際に罪を犯す人物は当然裁かれるべきだが、しっかりと実態を確認しないまま「公認」を乱発する制度自体にも問題がある。
他人を陥れることに膨大な労力を使う人々が横行するなかでは、新しいことにチャレンジしたり、社会的課題を解決しようというベンチャー精神が育つわけがない。ただでさえ停滞感が強い韓国経済で、スタートアップの芽さえも潰れてしまえば、希望はほとんど残らないだろう。韓国政府としても、社会に根付く精神や文化そのものをしっかりと直視しなければならない時期に差し掛かっているのではないだろうか。
(取材・文=河鐘基)