新型コロナウイルス感染拡大をめぐる政府の対応に、疑問の声が広まっている。
2月20日、加藤勝信厚生労働大臣は記者会見で、大規模イベントの開催などについて「政府が一律で自粛を要請することはしない」と語り、運営元や自治体の判断に任せる姿勢を表明。しかしその6日後の26日に政府は、コンサートなどの大規模イベントについて今後2週間は自粛するよう呼び掛けた。
また、27日に安倍晋三首相は突如、3月2日から公立小中高と特別支援学校に臨時休校の措置を取るよう要請すると表明。全国の学校現場のみならず文科省にも事前に周知されておらず、子どもがいる世帯や企業を巻き込む混乱を招いている。安倍首相は2月29日に急遽行った会見でも、一斉休校要請を判断した根拠を具体的には提示しなかった。
そして最も疑問を持たれているのが、感染が疑われる人への厳しい検査基準だ。政府は2月17日、検査対象基準を「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く場合」に限定し、患者はまず各地の保健所に設置された「帰国者・接触者相談センター」に相談し、同センターが指定する医療機関で受診するかたちにした。これによって、自覚症状を持ちながらも検査を断られる事例が多発。さらに、患者の鼻や喉の粘膜から微量の検体を採取してウイルスの遺伝子情報の有無を確かめることができるPCR検査の利用が進んでいない点も、指摘されている。
その結果、1日平均の検査件数は韓国では約4万件なのに対し、日本では約900件にとどまっている。
「厚労省と国立感染症研究所(感染研)は当初、自家調整の遺伝子検査の手法確立にこだわった。1月下旬になってようやく確立され、全国の衛生研(地方衛生研究所)でその検査を実施する体制を立ち上げ始めたが、感染の拡大は検査体制確立や試薬の製造をはるかに上回るスピードで進み、検査体制はまったく追いついていない。
こうした経緯を経て、厚労省がロシュ社など民間のPCR法向け試薬による検査を事実上認めたのは2月中旬に入ってからで、2月末になってようやく政府は、PCR検査を保険適用にする意向を表明した。とにかく対応が遅すぎる。初動の段階で、厚労省と感染研が自家調整の遺伝子検査確立にこだわったことが、検査体制確立の遅れにつながったというのが、霞ヶ関での共通した見方です」(霞ヶ関の官僚)
“テリトリー争い”
医療ガバナンス研究所の上昌広理事長も2月26日付当サイト記事で、次のように指摘している。
「対策本部の専門家会議では、小さな病院では設備の状況などからPCR検査の実施が難しいとしています。しかし、小さな診療所でも患者さんから検体をとって民間の検査会社に送れば、次の日には結果が出ます。日本国内の民間検査機関は100社あって、900のラボがあります。1日10万件単位で検査ができるはずです。本来であればこの一連の流れを保険適用にすればよいだけなのです。
なぜ韓国で1日4万件、中国でも数万件の検査を実施しているのに、日本では最大3800件なのでしょう。答えは簡単です。一部の利益代表が政府の専門家会議にいて、自らの組織に一連の検査事業を囲い込もうとしているからです。感染研と大学病院で検査すれば補助金がもらえます。つまり、これは公共事業なのです」
こうした厚労省と感染研の責任については、他の専門家からも多くの指摘がなされている。たとえば、元国立感染症研究所研究員の岡田晴恵・白鴎大教授は2月28日放送の情報番組『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)内で、次のように言及している。
「『これはテリトリー争いなんだ』と。このデータはすごく貴重なんだ。衛生研から上がってきたデータを全部、感染研が掌握すると。このデータを『感染研が自分で持っていたい』ということを言っている専門家の感染研OBがいると。『そこらへんがネックだったんだ』ということをおっしゃっておられて、私がその時に思ったのは、『ぜひ、そういうことはやめていただきたい』と。
「(検査については)ようやくここから保険適用でクリニックから行くかもしれませんけど、初動が遅れたという、感染症の一番の初動だってところは、あれが(=PCR検査)が少なかったからだと思っています」
前出と別の官僚は語る。
「厚労省と感染研が、通常の感染症と同様に自家調整の遺伝子検査という対応で今回も乗り切れると甘くみていた。また、ウィルスに関する各種データ、検査の予算、そして対応の主導権を自分たちですべて握っておきたかったという面もあるでしょう。厚労省らしい発想といえばそれまでですが、最初から民間の医療機関、検査機関、製薬会社などを巻き込んで、PCR検査の利用を後押ししていれば、もっと多くの検査が行われて感染拡大を防ぐことができたのではないか。その意味では、厚労省と感染研が検査拡大を妨害していたと批判を受けても仕方ない」
当サイトは2月26日付記事『新型コロナ検査、韓国は1日4万件、日本は3千件台…検査拡大を阻む政府内の利益代表者』で厚労省と感染研の対応について検証していたが、今回、改めて同記事を再掲する。
---以下、再掲---
日本は新型コロナウイルス感染症の爆発的な増加を防ぐことができるのか。重要な分水嶺に差し掛かりつつある。政府は25日、新型ウイルス対策本部(本部長・安倍晋三首相)の会議を首相官邸で開き、対策の基本方針を取りまとめた。「水際対策」から「感染者集団が次の集団を生み出すことの防止」に対策の重点を移すというのだが、その検査体制に関して医療関係者から疑問の声が上がっている。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の対応から今日まで、一連の政府決定の不可解さの原因はなんなのかについて探る。
なぜ検査は拡大できないのか
25日の政府方針では、患者が大幅に増えた場合は、一般医療機関で患者を受け入れ、軽症の人は自宅療養とすることも決めた。だが、そもそも感染したかどうかがわからなければ、患者は働き続けるだろうし、家の外にも出るだろう。ビジネスパーソンが特定の病気で休暇を申請するには、医師の診断や検査結果が必要だからだ。昨年の消費税増税以降、生活は苦しくなるばかりなのに欠勤したり、明確な理由なしに貴重な有給休暇を使ったりしたくはないだろう。
だが、感染を確認するための「PCR検査」は、国立感染症研究所(感染研)と大学付属病院などの大病院に限られ、軽々に受診はできそうにない。
医療ガバナンス研究所上昌広理事長は次のように現状の問題点を指摘する。
「疑問なのは、なぜ政府は検査体制を拡大しないのかということです。
対策本部の専門家会議では、小さな病院では設備の状況などからPCR検査の実施が難しいとしています。しかし、小さな診療所でも患者さんから検体をとって民間の検査会社に送れば、次の日には結果が出ます。日本国内の民間検査機関は100社あって、900のラボがあります。1日10万件単位で検査ができるはずです。本来であればこの一連の流れを保険適用にすればよいだけなのです。
なぜ韓国で1日4万件、中国でも数万件の検査を実施しているのに、日本では最大3800件なのでしょう。答えは簡単です。一部の利益代表が政府の専門家会議にいて、自らの組織に一連の検査事業を囲い込もうとしているからです。感染研と大学病院で検査すれば補助金がもらえます。つまり、これは公共事業なのです」
不可解な政策決定は誰が行っているのか
与党や複数の政府関係者の話を総合すると、加藤勝信厚労相は政府のスポークスマンで、良い意味でも悪い意味でも方針の策定などにはほとんど関与できていないようだ。
具体的な対策に関しては、感染研と新型コロナウイルス感染症対策専門家会議に丸投げの状態で、「首相官邸側では首相補佐官の和泉洋人氏、木原稔氏、そして『週刊文春』などで取り上げられている大坪寛子厚労省大臣官房審議官(危機管理、科学技術イノベーションなど担当)らが動いています。大坪審議官はダイヤモンド・プリンセスにも乗船していました」(政府関係者)
ここで政府の対策本部の専門家会議のメンバーを見てみよう。座長は脇田隆宇感染研所長、副座長は独立行政法人地域医療機能推進機構理事長の尾身茂氏、構成員に川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦氏、日本医師会常任理事の釜萢敏氏、東京慈恵医科大学感染症制御科教授の吉田正樹氏ら10人が名を連ねる。
より詳細に各人の経歴を説明すると、座長の感染研所長の脇田氏は名古屋大医学部卒、副座長の尾身氏は厚労省を経て名誉世界保健機構(WHO)西太平洋地域事務局長、内閣府の「新型インフルエンザ等対策有識者会議」会長を務めた。岡部氏は元感染研感染症情報センター長で東京慈恵医大卒、吉田氏は同大教授だ。そして、大坪氏も東京慈恵医大卒で感染研血液・安全性研究部の研究員だった。釜萢氏のバックボーンの日本医師会は自民党の後援組織である日本医師連盟の母体だ。
東京慈恵医大は公衆衛生分野の研究でリードしているし、感染研の関係者が今回の問題で全面に出てくるのは道理ではある。とはいえ、人員構成が偏っているようにも見える。
「37.5度以上の発熱で4日何もしなければお年寄りは死ぬ」
前出の上氏は次のように語る。
「これまで、国内のワクチンは感染研の指揮のもと国内4団体でつくられていて、先進的な技術や知見を持つメガファーマーは関与できませんでした。また輸入品を入れないよう厳しく統制しています。2009年の新型インフルエンザ問題の際も国内でワクチンを作れなかったのも、感染研のガバナンスによるところが大きいです。一部の団体の思惑が排除できない中、合理的に政策決定が下されているのか疑問です。
政府が打ち出した『37.5度以上の発熱が4日以上続いた場合』という検査対象者の方針も、医療従事者から疑問が噴出しています。思い付きではないでしょうか。疫学的な根拠はまったくありません。そもそもインフルエンザかどうかもわからない状態で、お年寄りが発熱して、解熱剤もタミフルも投与せず4日も経過観察をしたら亡くなってしまいます」
政府の感染症対策の杜撰さが発覚する起点になったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での状況について、自衛隊関係者は次のように話す。
「船内はいろいろな機関が入り乱れていたそうです。そんな中、どこの所属かは言えませんが、とにかく自衛官ではない方が『エボラ(出血熱)じゃないし、風邪みたいなものだし大騒ぎしなくても大丈夫だよ』などと軽口を言っていたようです。どんな文脈で言ったのかはわかりません。
現場は文字通り懸命に働いています。患者さんも懸命に病気と闘っています。言いたいのはそれだけです」
不必要に恐怖を煽る必要はない。だが今の政府上層部には自然の猛威に対する謙虚さと誠実さ、真摯さが欠けてはいないだろうか。
(文=編集部)