東京都は、日本でもっとも感染者が多いという状況になり、オーバーシュート(爆発的な感染増加)を起こさないようにロックダウン(首都封鎖)も辞さないとの意向を示した小池百合子都知事が会見を開き、次のようにかたりながら都民に週末の外出自粛を求めた。
「感染経路が追えない方々が増えているのは事実であり、私たちがもっとも憂慮すること」
「自分自身が感染しているという自覚がないままに、あちこち活動されることについて、それぞれの方々の行動について、あらためて見直していただきたい」
そして小池都知事は、「感染爆発(オーバーシュート) 重大局面」と大きく書かかれたボードを掲げた。
この会見を受け、自粛に備えるための買い物をする客で都内のスーパーは混雑を極めた。しかし、そこに漂う空気は、単に週末を家で過ごすための買い出しを通り越し、不安と緊張が入り混じったものだった。
渋谷区の閑静な住宅街にあるスーパーでは、普段見られない光景が広がり、戸惑う人も多かった。
「家の近くのスーパーに行ったら今まで見たことないくらいに混んでいて、肉がほぼなくなっていました。こっちのスーパーのほうが大きいので肉があると思ってきたが、やっぱり混んでいました。肉は買えましたが、レジにあんなに人が並んでいるのを初めて見ました。新型コロナの影響で、こんな状況になるのかと、ちょっと怖くなりました」(20代男性)
スーパーで買い溜めをする人を見て、あらためて感染拡大の余波を感じたと驚きを隠せない様子だ。
多くの人が買い物をする様子を見ていると、週末の外出を自粛するためにしては多すぎるのではないかという量を買う人もいる。話を聞こうとしても、足を止めて答える余裕はないといった反応ばかりだ。そんななかで答えてくれた50代主婦は、異様な買い物客たちの様子をこう語った。
「普通に夕食の買い物に来たんですが、あまりの人の多さにびっくりしました。皆さんが買い溜めしているのを見て、私も買わなきゃという気持ちになって、不要なものまで買ってしまいました」(50代主婦)
人が買っているから買う。これが今起きている状況を集約する一言ではと感じる。新型コロナウイルスの感染拡大に伴いマスクの供給が追いつかず、人々が危機を感じ始めたところに「トイレットペーパーが足りなくなる」といったデマが流れ、あっという間にトイレットペーパー まで不足する事態が起きた。
そして今回も、空になった棚が多数見受けられる。筆者もこれまで、スーパーでこういった状況は見たことがない。明らかに、多くの人が冷静な判断を欠いていると感じる。こういった状況下での人間心理について、ライフサポートクリニック院長、山下悠毅医師に聞いた。
「『衣食足りて礼節を知る』とあります通り、人の意思力は環境に依存します。不安の環境下で他者を思いやることは難しいことです。誰にとっても他人事ではないですね」
物質的に不自由しない状況にあってこそ、人は秩序やマナーを守り、他人を思いやる余裕が生まれる。そういった原理から考えると、今は多くの人が余裕をなくし、礼節を欠いた状況に陥りつつあると言えるだろう。
「冷静に!」と言われれば言われるほど、人は「緊急事態だ」と解釈する。多くの行政機関が「落ち着いて」と呼びかけていることで、人々をさらに不安にしているとすれば皮肉である。
新型コロナウイルスとの戦いは、長期戦となる様相を見せている。行政や情報を発信するメディアなどは、人々が落ち着いて行動するためにはどうすべきかということをしっかりと示すことが必要となってくるだろう。
我々が過剰に物を買うことで供給が滞り、安価な物が高価で取引されるような事態を生み、さらに社会を不安へと陥れる。一部ではトイレットペーパーが通常の3~5倍の値段で販売されている。だが、こういった状況を招いているのは、冷静さを欠いた我々自身の行動なのだろう。
礼節をもった行動を保ってこそ、ウイルスとの戦いに勝利できるのではないだろうか。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)