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「ココロに効く(かもしれない)本読みガイド」山本一郎・中川淳一郎・漆原直行

ヤバイIT先進国・エストニアの実像…高校生が3カ国語習熟しプログラム言語を学習

文=山本一郎

ヤバイIT先進国・エストニアの実像…高校生が3カ国語習熟しプログラム言語を学習の画像1『未来型国家 エストニアの挑戦 電子政府がひらく世界』(著:ラウル・アリキヴィ/訳:前田 陽二/インプレスR&D)
【今回取り上げる書籍】
『未来型国家 エストニアの挑戦 電子政府がひらく世界』(著:ラウル・アリキヴィ/訳:前田 陽二/インプレスR&D)

 この手のヤバい本は、もう少し噛み砕いて何がどうなのかがもっと広く薄く知られるべきだ、という思いを新たにした内容だったんですけれど。

 先日、この本の出版を記念したセミナーが行われ、エストニアの偉い人も登場していたようですが、私はバルト三国のひとつ、エストニアという小さな国の歴史は良く知ってます。

 私が深くエストニアを知るきっかけになったのはゲームです。ストラテジーゲームの名作、パラドックスインタラクティブ社製『ハーツ オブ アイアン』という第二次世界大戦の世界を描いた作品です。狂った時代の超大国・ソ連に、いきなりイベントでゲーム開始直後に強制して踏み潰される小国エストニア。為す術なし。抵抗らしい抵抗もさせてもらえず、光の速さで併合されソ連に組み込まれる悲哀は、歴史というものの恐ろしさを知らしめるものといっても過言ではありません。

 事実、近代世界史におけるエストニアのポジションは、良くも悪くも東欧方面の大正義勢力ロシアの影響を受け続ける悲惨な社会構造、民族性、政治的立場によって構成されています。この本では、そもそもなぜエストニアが情報通信で世界的に先導できる状況になり得たのかが良くわかります。小国だから人口少ないんでできるでしょ、という安易な考えを即座に否定できる何かをつかみ取れるものだと思うのです。なんJ世界史部は、エストニアも含めた世界のダイナミズムを体感できるのでフォローしておけ。

ICT共通基盤に関する議論も極めて合理的

 さて、本書ではエストニアのその寒く悲しい歴史から、ソ連と東欧社会主義国の経済相互援助会議COMECON(コメコン)に組み入れられ、互助的な共産世界経済のなかで、エストニアの担当は「情報通信」となった部分から紐解かれます。第2章は、中世ヨーロッパの自由貿易連合であったハンザ同盟北部の主要都市タリンから、ソビエト連邦占領後のところまでサラッと書いてあります。ただ、この簡潔に書かれた項目こそが、エストニアのオリジンだと思うので、興味ある人はぜひ調べてみてほしいと思うわけであります。

 そして、本丸のエストニアのICT(情報通信技術)戦略が語られるわけですが、2016年に本格配布された日本のマイナンバーにあたるeIDカードがエストニア全国民に配布されたのが14年前の02年。そこから、年を追ってインターネット投票、医療電子システムなど、日本がやりたいけどなかなか進まないことが次々と実現していきます。

 この本で語られているエストニアの原理原則はいちいち合理的で、読む側に「ですよねー」感がある一方、日本でこの議論をしたときにおそらくは国民の強い反発はあるのでしょうが、エストニアには「対ロシア」という腹の括りもある民族性ゆえに「必要ならばやろう」「嫌だという人には逃げ道を用意しよう」というかなり明確な方針が見て取れます。

 各仕組みの解説は、ある程度、情報工学に理解のある人であればすんなり読めるでしょうし、予備知識のない人でもいま日本で施行されて問題が多発しているマイナンバーの将来系、理想はこういうものなのだという相関を頭に入れつつ読み進めれば、それほど障害もなく理解できるであろうと思います。

 ICT共通基盤に関する議論も、ちょっと日本とは違う独特な成り立ちをしている一方、個人情報の運用から医療データの取り扱いにいたるまで、内容は極めて合理的で、実践的です。とりわけ、ICTの活用においては徹底している一方、エストニアに対する冷めた見方として「彼らはしょせん130万人の人口しかいない小国だから」というような割り切った論調になりがちです。

 しかしながら、日本人が情報化投資に向き合う姿勢を割り引いても、エストニアで試みられている各種の施策は日本でも充分参考になるものが多々説明され、背景が論じられています。たとえば、本書では子供の教育とICT活用について一章が割かれていますが、取り組みが進んでいながらもそこまで高い効果が現れていない日本の教育現場のデジタル化に比べて、一定の学術上の成果を挙げているエストニアでは、3カ国語を習熟した高校生が、さらにプログラム言語やインターネットの仕組みを学んでいく現状について説明されています。学習や教育に対するドクトリンの違いがバックグラウンドにあり、教育用システム「eKool」の利活用で学校と家庭が一体となって教育に取り組んでいる姿勢が浮き彫りになります。

社会的諸問題に情報化投資の結実されたシステムが息づく

 良い面ばかりではなく、エストニアの電子政府が抱える課題もいくつか平行して論じられていますが、ここで語られる議論はどちらかというとIT立国(E-Country)を構築することの是非はすでに了としたうえで、どこに現実的な課題を見出すかに絞られているのが印象的です。

 つまり、社会が抱える諸問題、少子化対策や教育、医療、産業育成、社会保障といった直面する難題の中核に、しっかりと情報化投資の結実されたシステムが息づいていることがわかれば、本書を通して「国民のための情報化とはどういうものであるか」が一定以上の理解を得られることになるでしょう。

 その意味では、本書は実に隙のない本です。雑駁になりがちな国家事情本とは異なり、社会と情報化、全体の問題とICT投資といった、かなり明確なテーマごとにエストニア人がどのように合理的な態度で物事に取り組んできたのか網羅的に把握することができます。

 日本では、各自治体の「見える化」や、国家規模での財政問題といったところでようやく定量化による状況把握が進み、マイナンバーの普及で少しずつ電子政府のありがたみがわかり始めるかどうかといったところです。より効率的な社会体系を築くためにも、本書のエッセンスが広く関心を持つ人たちに届けられることを祈ります。
(文=山本一郎)

山本一郎

山本一郎

 2000年、IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作を行うイレギュラーズアンドパートナーズ株式会社を設立。ベンチャービジネスの設立や技術系企業の財務・資金調達など技術動向と金融市場に精通。2007年より、総予算100億円超のプロジェクトでの資金調達や法人向け増資対応を専門とするホワイトヒルズLLCを設立、外資系ファンドの対日投資アドバイザーなどを兼務。

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