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大相撲休場処分の阿炎、今場所中の会食が極めて危険な理由…2500人の命にかかわる

文=西尾克洋/相撲ライター
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両国国技館の吊り屋根(「Wikipedia」より)

 大相撲7月場所7日目。幕内土俵入りで一人の力士、阿炎(あび)が姿を見せない非常事態が発生した。休場であれば普通は事前に情報が入ってくる。最初に疑うであろう新型コロナウイルス感染の線は消えている。遅刻は天候などの問題で稀に発生するが、付き人がいるので事態は把握できるはずだからその線もない。アナウンサーがこの時点で不在の理由を説明できないということが、本来あり得ないことだ。

 そして偶然にもテレビ解説をこの日担当していた、阿炎の師匠である元寺尾の錣山親方が言及した不在の理由。それは、場所中に会食に参加したことに伴うペナルティであった。

 本場所中に会食という考えられない事態はニュースとなり、世間を駆け巡った。コロナが感染拡大し大雨の被害もつぶさに報告されるなか、一人の力士の不祥事がこれだけ大きな扱いを受けるというのは、ことの大きさを物語っている。

 だが、世間の温度感と異なる反応を見せた人物がいた。ホリエモンこと実業家の堀江貴文氏である。堀江氏は処分に対してツイッターでこう不満を口にした。

「異常なレベルの処分。ひどすぎる」

「外にすら飯食いにいけないって異常だと思いませんかね?」

「(協会の)ガイドラインがひどい」

 堀江氏の発言は世の中の反応と真逆だったこともあり、ネット記事となり多くの人の知るところとなった。どのような意見を持つことも自由だと個人的には思う。人にはそれぞれ考え方がある。自身の信条から世論と異なる意見を持つこと自体は責められることではない。

 ただ、コロナの感染が再度拡大するなかで7月場所の開催に踏み切らざるを得ない日本相撲協会の立場で考えると、ガイドラインがひどいとはいえないし、これに準じた対応をしているわけなので、外に食事に行けないことが異常ではない。さらには、これを逸脱した力士に対する処分として異常なレベルとはいいがたい。

 まず考えてほしいのが、今回の本場所開催は感染症対策の専門家監修の下に行われているということである。このウイルスに対する研究がこの半年の間、急ピッチで進められているとはいえ、未知の部分が多いことは事実だ。となると、感染者を出さないようにするためにリスクがあれば極力避けるかたちにせざるを得ないということである。

 堀江氏は「ガイドラインがひどい」と言う。ただ、仮に基準を緩くしたとして後年振り返った時にそれが適正なラインなのかもしれないが、今の段階ではそれはわからない。適正なラインがわからない以上は、厳しいラインを正とする。それゆえ、Withコロナ時代は窮屈ではあるのだが、詳細が判明するまでの間は協力していかねばならないわけだ。

 ガイドラインを厳しくせねばならないのには、まだ理由がある。それは大相撲7月場所が2500人規模で、かつ15日連続で行われる、緊急事態宣言後としては日本で初めての屋内興行だからである。

 プロ野球やJリーグは5000人規模で試合を再開しているが、屋外ないしはドーム球場という環境であり、国技館とは感染リスクが異なる。声援を上げず、応援は拍手のみ。酒類の販売はなしとし、飲食は可能だが焼き鳥とソフトドリンクの販売にとどめている。また、マス席も通常は4人1席のところを1人1席としている。入場時に体温測定を義務付け、館内では観戦ルールが順守されているかを絶えず警備担当が巡回して見守る。屋外スポーツと比較してリスクが高いことを考慮し、このような対策を実施していることを覚えていただきたい。

不祥事が絶えない角界

 そして、大相撲が近年、不祥事をたびたび起こしていることを忘れてはいけない。力士裏方問わず引き起こされる暴力事件、無免許運転、セクハラ事件――。処分を受けた関係者も、角界を去った力士も枚挙に暇がない。日馬富士の事件の時は連日ワイドショーがこの話題で持ちきりだったが、最近では世間もこの話題に飽きてしまったせいか、過去と比べると大きく報じられることもなくなってしまった。それほど大相撲は今、信頼を失ってしまっているのだ。

 コロナ対策はもちろん大事なのだが、その先にある世間の信頼回復のために一歩一歩着実に進んでいかねばならない。だから信頼を失いかねないような事柄に対しては、スピード感をもって厳粛に対処しなければならない。今回はその日の14時に報告を受け、放送が始まる16時前には処分が決まっていたことを考えると、不祥事の対応としては迅速だったといえるのではないか。

 大相撲は、国内プロスポーツの現役選手のなかで唯一、犠牲者を出してしまった競技である。そして観客が高齢化していることを考慮すると、感染者が出ることによって生命が危機に晒されやすいともいえる。

 専門家による見地から考慮しても、屋内競技として大人数を呼び込むイベントであることからも、また大相撲がかつて起こした不祥事を念頭に置いても、相撲ライターの立場から今回阿炎が引き起こしてしまった事態を考えると、処分もガイドラインも異常ではないと申し上げたい。

 大相撲7月場所は、力士や関係者、そして観客の命が懸かっている。それだけではない。コロナが蔓延するなかで興行を開催し、相撲の危機に立ち向かう大事な場面なのである。

(文=西尾克洋/相撲ライター)

西尾克洋/相撲ライター

西尾克洋/相撲ライター

1980年生まれ。鹿児島県出水市出身。日本大学卒業後、2011年に相撲ブログ「幕下相撲の知られざる世界」を開始。2015年からライターとしてキャリアをスタート。様々なメディアで相撲記事を担当。主な著書は「スポーツとしての相撲論(光文社)」「はじめての相撲(すばる舎)」など。

Twitter:@NihilJapK

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