欧米における共通認識
海外でも、ナチス絡みで「悪意はないのに」問題になったケースはいくつもある。
05年には、当時20歳だったイギリスのヘンリー王子が、友人の誕生日の仮装パーティーにナチスの制服姿で参加し、その写真が報じられて謝罪に至った。父親のチャールズ皇太子は、歴史を学ぶためにアウシュビッツ強制収容所を訪問するよう同王子に命じた。
12年には、ドイツのバイロイト音楽祭に“さまよえるオランダ人”の主役として出演予定だったロシア人歌手エフゲニー・ニキーチンが、かつて胸にハーケンクロイツなどの刺青をしていたことが報じられ、降板になった。ニキーチンは、ロック・ミュージシャンだった若い頃に体中にさまざまな刺青を入れており、ハーケンクロイツはそのひとつだった。その後、ほかの模様の刺青で塗りつぶされ見えなくなっていたが、出演は許されなかった。ニキーチンは「若気のいたりで無知だった」と述べた。
13年には、ギリシャサッカー連盟が、国内の試合で決勝ゴールを決めた後に観客に向かってナチス指揮の敬礼で喜びを表現したヨルゴス・カティディス選手(当時20)を、同国代表チームから永久追放処分とすると発表した。チームの監督は、「彼はまだ子どもで、政治的な思想など何も持っていない。恐らくインターネットか何かで(ナチ式敬礼を)見て、意味も知らずに真似をしたのだろう」と弁護したが、受け入れられなかった。
サッカーでは同じ年に、ワールドカップ(W杯)欧州予選プレーオフでクロアチアが勝った試合の直後、同国のシムニッチ選手が観客席にナチス傀儡政権時代のスローガンを呼びかけたとして、同国の検察当局から3200ユーロ(約37万円)の罰金を受けたほか、国際サッカー連盟(FIFA)から3万スイスフラン(約320万円)と10試合の公式戦出場停止処分を受けた。このため、彼は14年のW杯ブラジル大会に出場できなかった。
ナチスを礼賛する意図はなく無知から出たとしても、人々のロールモデルともなる立場の人たちの行為には、とりわけ厳しい。そうした人たちがナチスのプロパガンダに利用され、また人々が危険性に気づかないまま、ナチスを受け入れ称賛した歴史を2度と繰り返さないという共通認識が、このような厳しさになって表れているのだろう。
だからこそ、ナチスのシンボルを肯定的に、あるいは安易に扱えば、欧米では強い嫌悪感を招く。とりわけドイツでは、今もナチスのマークや制服、ナチス式の挨拶などは法律で禁じられている。移民や難民の流入に伴い、それに反発するような排外主義も広がっているが、だからこそナチスの扱いには、より敏感で、神経を配るべきといえるだろう。
しかも、ネットでさまざまな情報が瞬時に世界中を駆け巡る、情報グローバル化の現在。こんな衣装を見れば、ギョッとされ、その人格を疑われるだろう。日本は、アニメやアイドルなどの大衆文化を「クールジャパン」と位置づけて対外的にアピールしているというのに、そのアイドルがナチスの制服に似た衣装を着れば、反発は免れない。
確かに、日本はイスラエルではないしドイツでもない。ドイツとは軍事同盟を結んでいたが、日本がユダヤ人虐殺を行ったわけではなく、杉原千畝のように命を救うためのビザを発給した外交官もいた(日本政府は、その杉原の行為を評価せず、戦後は外務省から退職通告を受けて追放されるなど、不遇の晩年を送ることになったのは置くとして)。
けれども、少なくとも欧米における共通認識となっているナチスに対する態度を無視し、無神経にこの話題を扱えば、今回のように批判を受ける。「日本人だから、ドイツ人じゃないんだから」という感覚で押し通せば、多くの場合、自分の人格を疑われたり、周囲を困惑させたり、不快感を与えるだけだろう。