孫娘殺害の86歳男性、認知症の可能性も…「怒りっぽい・物取られ妄想」は早期検査が必要
福井市の自宅で高校2年、16歳の孫娘を殺害したとして、86歳の冨沢進容疑者が殺人容疑で逮捕された。冨沢容疑者は、福井県警の調べに「孫にきつく当たられて腹が立った」などと供述しているようだ。近隣では「気さくで温厚な人」として知られ、「孫思いのおじいちゃん」と思われていた冨沢容疑者が、それくらいのことで孫娘を刺殺したのは一体なぜなのか。
注目すべきは、「最近は、物忘れやろれつが回らないことが増え、家の前でぼうっとしていることもあった」という証言だろう。86歳という年齢から考えて、認知症の可能性も否定できない。
認知症にはさまざまな種類があるが、冨沢容疑者は20年ほど前に脳梗塞を患ったということなので、まず血管性認知症の可能性が考えられる。脳梗塞になると、脳の血管が詰まってその先の組織に酸素や栄養が届かず、脳神経細胞が死んでしまうため、血管性認知症を発症する。
脳梗塞の後遺症で感情や衝動を抑制できなくなることもあり、「感情失禁」あるいは「情動失禁」と呼ばれる。感情のコントロールができなくなり、些細なことですぐに涙ぐみ、泣き出すのだ。田中角栄元首相が脳梗塞で倒れた後、人前でも泣いていたのは、この「感情失禁」のせいだろう。
田中角栄は泣いていたが、逆に怒るケースもある。些細な刺激で怒りが誘発され、コントロールできなくなるのだ。
冨沢容疑者は、犯行当時酒を飲んでおり、「カッとなってやった」と供述しているという。そのため、脳梗塞の後遺症による「感情失禁」にアルコールが拍車をかけた可能性もある。
認知症のせいで怒りっぽくなることも
血管性認知症に限らず、認知症になると怒りっぽくなることが少なくない。これは、主に2つの理由によると考えられる。まず、記憶障害のせいで大切な物をなくしたり、道に迷ったりすることが増え、不安になる。そのうえ、自分が病気であるという自覚、つまり病識がないので、そういう自分をなかなか受け入れられず、イライラして怒りっぽくなる。
さらに、物取られ妄想や嫉妬妄想などの妄想が出現すると、一層怒りっぽくなる。物取られ妄想は、「盗まれた」という妄想であり、お金や財布などを「盗まれた」と訴えることが多い。この物取られ妄想が出現するのは、記銘力が低下して、お金や財布をどこに置いたか忘れてしまい探し回るものの、見つからないので、「(お金や財布が)ない」→「誰かが盗った」と短絡的に考えるからだ。認知症の姑が、同居している嫁が「盗った」と妄想的に解釈して、嫁を怒鳴りつけたため、離婚騒動に発展したという話を聞いたこともある。
嫉妬妄想は、配偶者が浮気しているのではないかと疑う妄想である。たとえば、ともに80歳を過ぎた高齢の夫婦が一緒に来院し、妻が「私が浮気していると言って、主人が怒鳴るんです」と訴えたため、両方の頭部MRI検査を施行したところ、夫がアルツハイマー病と判明した。夫だけでなく妻の検査も行ったのは、夫が「私は、頭がおかしいわけではありません。家内のところに本当に男が通ってきてるんです。だから、私の検査をするんだったら、家内も一緒にしてください」と要求したためだ。
嫉妬妄想は、女性にも出現しうる。たとえば、70代の女性は、80代の夫が近所の女性と浮気していると思い込んでおり、夫を責めて怒り出すと、手がつけられなくなるということで、精神科に連れてこられた。検査の結果、この女性は血管性認知症と判明した。
いずれの場合も、浮気を疑われた夫あるいは妻が本当にそんなことをしているようには、どうしても見えなかった。それでも、周囲から「そんなはずはない」と言われると、怒り出すので、家族は困り果てていた。
このように、認知症のせいで怒りをコントロールできなくなることは結構ある。だから、高齢の親や配偶者が気が短くなり、怒りっぽくなったと感じたら、早めに病院に連れていって頭部MRI検査と心理検査を受けさせることをお勧めする。
厄介なのは、本人が「自分はぼけてない」と主張し、受診を拒否する場合である。そういう場合は、先ほど紹介したケースのように配偶者も一緒に検査を受けるとか、「ある程度の年齢以上になったら念のため定期的に脳ドックを受けることが必要」と説明するとかして、病院に連れてきていただきたい。
現在の医学で認知症を根本的に治療できるわけではないにせよ、環境を整え、家族が対応を工夫すれば、精神状態が落ち着くことも少なくない。早期発見と正しい診断によって、最悪の事態を防ぐことが何よりも大切である。
参考文献
片田珠美『すぐ感情的になる人』PHP新書 2016年